COLUMNコラム

【学齢期の子どもの心理】『「聴くこと」と「歌うこと」』について空想してみる

♦はじめに♦

こんにちは。所属カウンセラーの安澤です。

9月も終わりに差し掛かり、残暑ある中、だんだんと涼しい時間帯も増え、気候の変化を肌で感じることも多くなってきた今日この頃。みなさま、いかがお過ごしでしょうか。

『秋分の日』。
昼から夜へ。緑が紅へ。風景の色合いも深まりゆく。目から入る秋。
蝉からコオロギ、松虫へ。虫の音色も鳴り響く。耳から入る秋。

四季の移ろいは、心の移ろい。
夏から秋への変わり目、ご自身の気持ちの移り変わり、その残り香。
これらが、ふわっと、沁み入る時期ですね。

時の話では、英国にて、エリザベス女王の崩御とチャールズ3世の新国王即位。一つの時代の終焉と幕開け。時代の移ろいを感じる瞬間でもありました。

日本では、固有の国民の祝日である「敬老の日」があります。高齢の方々への、長寿を祝い、感謝と労りの意を表する日です。最近では「シルバーウィーク」が制定されました。

それから、「お彼岸」があります。ご先祖様の供養を行う重要な行事です。私もですが、毎年、お墓参りされる方も多いのではないかと思います。

そのような秋の始まり。
日々の移ろいに目と耳を傾けて。
様々な出来事に想いを馳せて。

さて、秋の風物詩には、『お月見』と『歌』がありますね。
『お月見』や『歌』については、弊社カウンセラーの水野の9月のコラムでも触れています。
水野のコラムについて詳しくはこちら↓↓↓。
【関係性と心の発達】大切な人を大切にできるために:関係性を「お引越し」に例えて考えてみる- part1-

さて、私の話にはなってしまいますが…
『お月見』と言ったら「団子」・「たべること」。
『歌』と言ったら「歌謡曲」・「うたうこと」。
私はこれらを想像してしまいます。

最近は、「たべること」と言えば、団子よりもパンケーキにはまっています。
一部の方から時代遅れと言われています(笑)
ふわふわしているパンケーキが美味しくてたまりません。
私の頭の中がふわふわしているのかもしれません(笑)

それから、『うたうこと』と言えば、歌手の歌を「聴くこと」もあれば、1人カラオケで「歌うこと」も多いです。
最近、再びカラオケに注ぐ時間を増やそうと思いまして、コロナ不安もありますので、念願のマイマイクを購入予定です。

もう一つ話題を…と思いましたが、余りに冒頭が長くなるため、最後に「つぶやき」として付け加えました。どうぞ退き笑いして下さい。

それはさておき…。

食欲の秋。
歌唱欲の秋。

出だしの内容から、だんだんと大分欲望が前面に出てくるような、ポップな内容に移り変わっていきまして…(笑)

この出だしからの文章の移ろいは、あれやこれやとご指摘もあるかもしれませんが、やはりこの時期の、気分の移ろいやすさを暗に表すものなのだろうと言い聞かせるわけです。

そして、心と身体にとっては、「疲れの秋」にもなりえます。
寒暖差、台風による気圧の変化、生活リズム、コロナ不安、学校や職場での人間関係、そして受験生としての意識の高まりなど、ストレスも振りかかり、体調もだんだんと崩しやすくなっていきます。
やはりそれぞれの心と身体をリラックスさせる「癒しの秋」になるものを、少しでも良いですから、ご自身に差し上げて下さいね。

さて、本当に前置きが長くなり、毎回申し訳ございません。
今回は、いつも取り上げるようなテーマではなく、ちょっとした、気分転換の意識づけになるようなテーマにしたいと思います。
子どもでも、大人でも、誰でも、実は普段から行っていることです。
テーマは、『歌唱欲の秋』にちなみ、『「聴くこと」・「歌うこと」について空想してみる』です。

『聴くこと』・『歌うこと』について

みなさん、『聴くこと』、『歌うこと』はお好きですか?

私たちは、音楽を聴き、覚え、歌を歌います。
歌わない方もいるかもしれませんが、その中にでも、周りで歌っている人を見掛けたり、無意識に口ずさんでいたりする人もいらっしゃるかもしれません。

『うた』にも様々な種類があります。
歌、唄、詩…。
俳句、和歌、漢詩…。
演歌、軍歌、校歌、歌謡曲…。日本ならではですね。
さらに幅を広げると、ロック、バラード、ジャズ、R&B、POP、クラブミュージック、レゲエフォーク、アカペラ…。アニメソング、ボカロもとても人気があります。
今では世界でも日本でもお馴染みの歌がたくさんあり、音楽のジャンルで挙げていくとキリがなく、当たり前ですが、私も全ては思い浮かびません。
私は、歌謡曲の中でも、フォーク、ニューミュージック、ロック系がとりわけ好きですが、幅広く聴き、歌っています。

次に、みなさん、音楽はどこで聴いたり歌ったりしていますか?
様々な職種、年齢層、文化的背景のある方々がいらっしゃいますので、これもまた枚挙に暇がないですが、日常生活場面で考えるとしたら…
自分の部屋、リビング、風呂場、トイレ、野外、カラオケルーム、スタジオ、学校、職場、会場、ホールなど、多くの場があるでしょう。
それは、みんなのいる場かもしれませんし、1人だけの空間かもしれません。
音楽を聴きながら車内で歌ったり、鼻歌をしながら心の中で歌ったりすることもあるのではないでしょうか。

それだけ多くの場で、意識的にも、無意識的にも、音楽を聴くこと、そして歌うことは、私たちと切っても切り離せないものです。

それらのような音楽の歌詞や曲のリズムに、精神的に支えられた記憶はありませんか?
そして、「悲しい気持ちになると、あの音楽を流して、涙を流して、落ち着いていく」、「この歌を歌うと、元気が出る」など、心に響くことがありませんか?

ここでは、そういうものを思い返してみて、「なんでこの曲を選んだのかな…」、「なんでこの歌詞を思い出したのかな…」「と想像してみて下さい。

それでは、実際にやってみましょう。

諸富・大竹(2005)が作成したシートが最も分かりやすいと思われるので、そのスタイルを参考に、以下に取り上げたいと思います。私はその過程に、「なぜそれを選んだのか」という項目を入れていますが、それはのちほど説明します。

想像しやすいような空白の図を用意したので、それを眺めながら、自分の思いついた、①曲のタイトル(図-1)②歌詞や音、誰かが言った言葉(図-2)をまずイメージしてみましょう。それから、③選んだ理由(図-3)を思い巡らしてみて、④どんな気持ちか・何を感じるか(図-4)、を想像してみてください。そして、聴いて、歌って下さい。

歌で想像するのが難しい場合には、映画やドラマのセリフ、本やお笑いのネタで出てくる言葉など関心のあるものなど、想像しやすいものなら何でも構いません。

① 曲のタイトル(図-1)

② 思いついた歌詞(言葉)・音(図-2)

③  選んだ理由(図-3)

④ どんな気持ち? 何を感じる?(図-4)

 

いかがでしょうか?

ちなみに、③の選んだ理由を盛り込んだのは、④の気持ちが音楽を聴いたり歌ったりしてみての気持ちであるのに対して、音楽を聴いたり歌ったりする前の気持ちにも目を向けるためです。その心の変化に気づくことで、自分がどんな時に、こういう歌を選ぶのかを知ることは、自己理解が深まることに繋がると考えます。
おそらく、その時々で、浮かぶ歌、曲、歌詞などは違うと思います。
私たちの、その時の気分、気持ちでその都度思い浮かぶものは変わるでしょう。
つまり、その時の私たちの気分や気持ちをぶつけたもの、そして映し出したものと考えられます。

歌で自分の気持ちに気づくこと

私たちはいつも様々な場面でいろいろな気持ちを抱いています。しかしながら、その気持ち全てについて気づいたり考えたりすることは少ないと思います。難しいですよね。

なかなかそういうことにかなりの時間を費やすことはしないと思いますが、一度「自分の今の気持ちはどんなものだろう」、「実はこういう気持ちだったんだ」など、思い巡らす時間を作ってみると、意識していない自分の気持ちに気づいてスッキリすることもあるでしょう。

さきほど想像していただいたかもしれませんが、自分の好きな歌詞(言葉)や音というものは、私たちの代弁者でもあります。
その歌詞(言葉)や音は、私たちの心の中にあったものを外に映し出しているものかもしれませんし、逆に取り入れられたものかもしれません。
私たち自身が辛い時、苦しい時に、その気持ちを投げ入れることもあるでしょうし、私たちが私たちをホッとさせ、リラックスし、励まされて、頑張ろうという気持ちにさせてくれるものもあるでしょう。

その時、聴いたり歌ったりする私たちが選ぶ音楽は、私たちのメンタルヘルスを支えてくれる、身近な、簡易な、安心出来るツールです。

自分1人しかいない部屋で音楽鑑賞に浸る時、カラオケで一人の世界に入り込む時、私たちの気分が心地よくなることがあります。それは前述した通り、自己愛(ナルシシズム)が高まる空間でもあれば、その音楽が私たちの気持ちを分かってくれているものという錯覚が生じているからかもしれません。それで心地良くなっているとも言えましょう。

諸富・大竹(2005)は、歌を通じて、自分の気持ちを発見し、日常において大切にすることが狙いと述べていますが、音楽を聴くこと、歌うことを通じて、私たち自身の嫌な気持ちがすっきりしたり、ホッとしたりすること。これは、日常的によくあることですが、だからこそ私たちにとって便宜的な、心の安定をもたらす心強い方法なのだと考えています。

本題は以上になります。

ここからは、補足的な内容です。良かったらご一読下さい。
これまでに取り上げたように、私たちが曲に想いを重ねたり、浸ったり、安心したりする背景にある心のメカニズムについて、ここでは簡単にではありますが、考えてみたいと思います。あくまで一つの見方として捉えていただければと思います。

投影と取り入れ、そして同一化

音楽を聴いたり歌ったりする時の気持ちの動きの背景には、恐らく多くの心のメカニズムが作用しているのだろうと思われます。その中で作用している3つのメカニズムについて、ここでは取り上げてみます。

「投影(projection)」と「取り入れ(introjection)」、そして「同一化(identification)」
です。

「投影」という言葉は、日常用語としても時々用いられる言葉ではないでしょうか。
例えば、「スライドを投影する」といった、「物の影を平面に映し出す」という映像関係の用語として使う場合もあります。

また、広辞苑にも明記されているように、「子どもに親の性格が投影される」という、ある物の存在や影響が他の物に現れる時に使う場合もあります。

以前私が在宅介護の仕事をしていた時には、「お住まいの方の価値観や思いが、住環境・生活観に投影されている」とよく表現していました。

このように、一般的な使い方もありますが、心理学で学ばれている学問の1つである精神分析学でも扱われている用語です。

精神分析事典の馬場(2002)の説明によると、「投影」とは「自分の中にある衝動、願望、感情、態度などを自分のものとして受け入れがたい場合に、これらを外在化し、外界や他者に属するものとして認識するものである。その結果、外界や他者は受け入れがたいものと感じられたり、自分に対して不快な感情や態度を向けてくるものとして認識されることになる。………(中略)」とあります。

これだけ読むと分かったようで、分からないような、いつもそのような気がしてしまいます。
精神分析学で用いられる場合、「投影」の理論だけでも、もともとの理論から発展しており、その考え方も複雑で幅広く、ここでは説明しきれないのですが、「防衛機制」という心のメカニズムとして位置づけられています。

人は、何か葛藤や不安、不快な感情、あるいは不要な欲求などを抱いた時に、その感情を無意識に何とかして和らげようと、心を働かせています。この自分の心を守ろう、不快なものから守ろうとする心の働きを、「防衛機制(defense mechanism)」と言います

「防衛機制」には、数多くの、自分を守ろうとする方法がありますが、その心のメカニズムに「投影」、「取り入れ」、そして「同一化」が含まれています。

「投影」の例を挙げると、例えば、「あの人は私に悪いイメージを持っていると思う」と感じたことはありませんか?誰しも一度はあるかもしれません。
しかし、それは、実は私自身が、「あの人に悪いイメージを持っている」という葛藤や不快感を、自分の心の中に置いておけないから、無意識のうちに相手に投げ入れてしまっているということです。

もう一つ。授業中、「前にいる人が、下を向いて座っているな。きっと眠いに違いない」と思う場合、それは、「私が授業中眠くなっている」という受け入れがたい気持ちを、相手に投げ入れているということになります。

投影のメカニズムについて図で簡単に図示してみます(図-5)。

図-5 防衛機制の「投影」のメカニズム

このように、あくまで私たちの心の中で起きていることではありますが、「自己」としての私たちが、対象に対して、不安や葛藤を投げ入れます。すると、「私が」ではなく、「相手が」と主体を変え、「自分が抱いていることではない」となり、心を落ち着かせようとします。
例示したものもそれに当てはめて考えることが出来ます。

続いて、「取り入れ」です。
これは「投影」と対になる用語であり事象です。考え方は様々ですが、簡単な例を挙げます。
例えば、赤ちゃんが、自分を守るために(自己を保存するために)、ミルクを欲しておっぱいや哺乳瓶を吸おうとします。つまり、その時、赤ちゃんは「飢え」がありますので、その「飢え」を満たすために、それを満たすためのものを取り入れようとします。
今度は、「取り入れ」を図示してみます(図-6)。

図-6 防衛機制の「取り入れ」のメカニズム

このように、「投影」と矢印が異なり、「対象」から「自己」へ様々なもの、それは、当初は好ましいものから好ましくないものまで何でもかんでもかもしれません。自分の心の中で、その多くのものを取り入れていきます。その中で、不要なもの、嫌なものなどがあれば、また外に出されていきます(投影)。

最後に、「同一化」です。
例えば、私たちが、「サッカー選手になりたい」と憧れの対象に自分を重ねること、身近にいる先生や先輩の考え方などに好感を得て、その考え方を取り入れていくことなどです。これも図示してみましょう(図-7)

図-7 防衛機制の「同一化」のメカニズム

これは、「自己」である私たちが、「対象」から色々なもの・感情を取り入れてきた中で、自分にとって本当に必要なもの、好ましいもの、望ましいもの、なりたいもの、フィットするものなどを、心の中で選んでいく。
逆に、不要なもの、好ましくないもの、望ましくないもの、なりたくないもの、フィットしないものは捨てていく。そうして、心の中で「自己」と「対象」を結びつけていき、自身を守り、心の安定を図っていく方法です。

これらの「防衛機制」の考え方は、論点が様々であり、例えば、「投影同一化」や「取り入れ同一化」といった考え方もあり、明確に、どこからどこまでが、それぞれの「防衛機制」の表現として相応しいのか、曖昧な部分も多いですし、ここではあくまで上記内容で留めておきたいと思います。

これらの「防衛機制」が作用することで、私たちの心の中で、悪いものを出していき、良いものを取り入れ、そして重ねていくというプロセスが繰り返されていく。これらの心のメカニズムとそのプロセスが、当然音楽を「聴くこと」や「歌うこと」にも多かれ少なかれ生じていると考えます(図-8)。

図-8 音楽を聴くこと・歌うことによる心の安定

「この歌手は、私の辛く悲しい気持ちを、わかってくれている、歌詞でわかる」というのは、きっと「投影」なのでしょう。「なんでもいいから、受け止めてくれそうな音楽を聴きたい」は「取り入れ」と考えて良いかもしれません。そして、「この歌手のように、私は~な気持ちを持っていきたい」、「この思いは一緒だ」というのは、取り入れて「同一化」している状態でしょう。

これらのように、考えてみることが出来ると思います。

あくまで自分の心の中で起きていることですので、錯覚と言えば錯覚なのですが…。

それはそうと、こうやって、音楽に気持ちを重ねることが結果的に、心の安らぎをもたらしていく。
だから、音楽を「聴くこと」と「歌うこと」は私たちの心を支えてくれるのでしょう。

♦さいごに♦

今回は、音楽を「聴くこと」と「歌うこと」から得られるものについて連想してみました。
これからも、やってみる時は、余り考え過ぎず、楽しく、自由にやってみてください。唄いながらでも構いません。

帰宅したらその音楽を聴いたり、カラオケしたり、本を読み返してみたりするのでも良いと思います。
自分1人でやるもよし、みんなと共有するでもよし、時間がある時にでも結構ですので、気軽にやってみてください。

こうやって、音楽で支えられている人は、ぜひ続けて欲しいですし、そう感じたことが無い人も、このコラムで少し思いを巡らしてみて、一度音楽で自分の気持ちがどのようになるのか、感じてみることをおススメします。

♦つぶやき♦

むかしむかし、確か20歳前後。私は自宅のお風呂場で歌を歌いました。シャワーヘッドをマイク代わりに。
まさに、自己愛が強くなっている瞬間です。
それは、お風呂場が、エコーがかかりやすく、「歌が上手い」という感覚に陥りやすい場だからだと思います。
錯覚です。
ただの勘違いです。
しかし、青年期の若かりし頃の私は勘違いのまま、歌い続けました。

すると、マイクのように動かしていたシャワーヘッドが前歯に当たり、歯が欠けました。
自己愛が傷ついた瞬間です。
脱錯覚です。
勘違いに気づきます。

二度とシャワーヘッドをマイク代わりにするものかと決意しました。
そして自身の未熟さに気づかされた瞬間でした。

このように、歌に入り込んで、現実を見ることもあります。私だけかもしれませんが。
やはり心の中で起きていることが、度を超えていくと、怖いですね。
過度な思い込みも気を付けながら、カラオケも楽しんでいこうと思います。

♦まとめ♦

●意識的にも、無意識的にも、音楽を聴くこと、そして歌うことは、私たちと切っても切り離せず、支えられたり、心に響いたりすることがある。そういう音楽を思い返してみよう。

●図を眺めながら、自分の思いついた、①曲のタイトル、②歌詞や音、誰かが言った言葉、③選んだ理由を思い巡らしてみて、④どんな気持ちか・何を感じるか、を想像してみよう。そして、聴いて、歌ってみよう。

自分の好きな歌詞(言葉)や音というものは、私たちの代弁者である。その歌詞(言葉)や音は、私たちの心の中にあったものを外に映し出しているもの、逆に取り入れられたものかもしれない。私たち自身が辛い時、苦しい時に、その気持ちを投げ入れることもあるだろうし、私たちが私たちをホッとさせ、リラックスし、励まされて、頑張ろうという気持ちにさせてくれるものもあるだろう。

●その時、聴いたり歌ったりする私たちが選ぶ音楽は、私たちのメンタルヘルスを支えてくれる、身近な、簡易な、安心出来るツールである。

●人は、何か葛藤や不安、不快な感情、あるいは不要な欲求などを抱いた時に、その感情を無意識に何とかして和らげようと、心を働かせている。この自分の心を守ろう、不快なものから守ろうとする心の働きを、精神分析学では「防衛機制」と言う。

●「防衛機制」には、数多くの、自分を守ろうとする方法としての、「防衛機制」があるが、その心のメカニズムに「投影」、「取り入れ」、そして「同一化」が含まれています。
私たちが曲に想いを重ねたり、浸ったり、安心したりする背景にも、これらの心の働きがあると考える。

またまた長らく御覧いただいて、ありがとうございました。

今回のコラムを、一言で述べると、気分転換に、「歌を聴こう!歌を歌おう!カラオケに行こう!」です(笑)

これからまた2学期、年末年始までの期間、暫くは忙しい日々が続く方も多いと思います。心の安らぎをところどころで、どんな形でも良いですから、入れていって下さいね。

それではまた次回まで!!

♦引用・参考資料♦

●小此木啓吾(編) 2002 精神分析事典 岩崎学術出版社
●馬場禮子 2008 精神分析的人格理論の基礎 心理療法を始める前に 岩崎学術出版社
●松木邦裕 1996 対象関係論を学ぶ 岩崎学術出版社
●諸富祥彦(監)・大竹直子(著) 2010 教室で 保健室で 相談室で すぐに使える!とじ込み式 自己表現ワークシート 図書文化社

 


 

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Writing by 安澤 好秀

 

 

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