こんにちは。所属カウンセラーの安澤です。
夏真っ盛り。みなさんいかがお過ごしでしょうか?
子どもたちは夏休みに入りますが、ゆっくり休めますでしょうか?
宿題がたくさん出ていますでしょうか?
部活で忙しいでしょうか?
様々にお過ごしになることと思います。
さて…。
今回は出だしのコメントも、取り上げるテーマについても、どうしようか悩みました。
まず、行動制限もなくなり、都民割・県民割といったサービスも普及されてきた話題を挙げようと思いきや、新型コロナウイルス感染者が再び増えてきました。
また、私自身、政治に興味があり、毎回投票しつつ選挙戦を見届けるのが好きなので、純粋に参院選の話題を取り上げようと思いきや、安倍・元首相が凶弾により急逝されるという衝撃的なニュースが駆け巡りました。
安倍元・首相には、一国民として、心よりご冥福をお祈り致します。それと共に、これまで日本の繁栄と発展のために、ご尽力いただいたことに深謝申し上げます。
何かと心配な、そしてショッキングなニュースが続いている昨今、皆さまのご気分はいかがでしょうか。
テレビ、インターネットそれぞれで、かなりの内容が報道されたり映像が流れたりしており、私たちの心を揺さぶることも多いのではないでしょうか。
最近ではテレビでも、事前に「映像を見るのが辛い方はご無理なさらず見ないように」といった一声や「これから◯◯の映像が流れます」という字幕を出すようになりました。ショックを受ける側の立場としては、急に衝撃的なことに振りかかると、心の負担も非常に大きいので、私たち視聴者に「構え」を作らせてくれる一言は、想像以上に、配慮のある対応だと感じます。
様々なメディア媒体から得られるニュースに対して、私たちがどのように向き合えば良いかについては、弊社所属の精神科医T.Sのコラムがご参考になるかと思います。ぜひご一読下さい。
➡【メンタルヘルス】安倍元首相の訃報を受け、精神科医が伝えたいこと
ここまで出だしを書き、今回のテーマは、準備していた「ネット依存とその対応⑦:最終回」よりも、異なる内容を取り上げた方が良いと感じたので、別のテーマを掲げたいと思います。
いずれは取り上げようと考えていましたが、今回の歴史的な衝撃的ニュースの時にこそ、綴った方が良いと考え、ここは【番外編】として、簡易ではありますが、『対象喪失』について述べていきます。
大切な人、大切なものを失うということ
『対象喪失(object loss)』という言葉を聞いたことはありますでしょうか。
4文字熟語ですが、簡単に表現すると、『私たちが、心から愛している、大切にしている、親しみを感じている対象を失う体験』と言えます。
日本の精神分析の礎を切り開いた精神科医の小此木(1979)が、著書「対象喪失」において、その概念を詳しく説明していますが、端的に抜粋します(図―1)。
図-1 対象喪失( object loss )
以上のように、大きく3つに分類されています。いずれも、自分自身にとって大きな存在であったり、大きな問題として自分に振りかかることだったりします。
具体的には、それぞれ以下のような対象との別れになります。
①であれば、親、祖父母、きょうだい、親戚、親友、恋人、子息、恩人などの、「親密な関係のある人」との別れになります。
②であれば、引っ越し、転勤、転職、昇進、転校、進学、留学、海外への移住、苗字の変更(婚約)など、「愛着のある環境やポジション」といった環境変化になります。
③であれば、自分自身が持ち得ていた「健康、体力、能力、学力、財産、自信や誇り、価値観」などを失うことになります。
今回の安倍元・首相のご逝去は、日本はもとより世界各国に衝撃と怒り、そして悲しみをもたらしました。近親者や関係者のような近い存在であれば、①の体験になりますし、国民の象徴としての存在、それからアイデンティティー喪失となると、③の体験になります。
賛否両論はあると思いますが、安倍氏は、日本という国のリーダーを長年続けてきた事実があり、日本の政治の象徴である一人であった存在です。そのため、多かれ少なかれ心に残る対象として影響を受けていた国民にとっては、急で、計り知れない喪失となります。
ショッキングな内容もありますので、振り返れる方だけで宜しいですが、振り返ってみると、私たちは、そのほかにも、多かれ少なかれ、大なり小なり、日々の中で必ず喪失体験を経験しています。
いかがでしょうか。
私ももちろんあります。ふと思い出すだけでも、想定外だった親の死、模索しながらの転職、急な病気、受験の失敗と無所属、周囲からの非難による自信喪失などが浮かび上がります。
今となっては、時間も経過したので、いずれのライフイベントも受け止め、学び、チャレンジ、ポジティブへの転化として、振り返ることが出来ています。
しかし、これらのライフイベントの直後や暫くの間は、様々な気持ち…それはネガティブなもの、認めたくないもの、揺さぶられるもの、複雑に絡まるもの、相反するもの、打ち砕かれたもの、先の見えないものなど、多くのものを、意識的にも、無意識的にも、突きつけられていたと思います。
何かを失うことは、何よりもストレスになりうるということ
古い研究になりますが、アメリカの精神科医のHolmesとRahe(1975)は、人生のライフイベントがストレッサー(ストレスを引き起こすもの)となり、私たちのストレスを作り出す程度についてストレス値で表しています(図-2)。
また、日本でも精神科医の夏目誠(2008)が、アメリカの研究を参考に、同様の研究を行い、ストレス値を出しました(図-3)。
このいずれの研究結果でも、ストレス値が最大のライフイベントは、「配偶者の死」でした。
当然、「親族の死」や「友人の死」も大きなライフイベントですし、「離婚」や「子どもが家を出ること」などの別れも、大きなストレスと考えられています。
他にも様々なストレス因が、日々の中で私たちのストレスとなっていることが、上記の表からもイメージ出来ると思います。
大切なことは、「対象喪失」による、私たちの「心の喪失」は、多くのライフイベントで、実は振りかかっていて、ストレスと化しているということ。
その積み重ねが大きなストレスとなって、私たちの心にさらなる負荷を掛けていくということ。
だからこそ、自分自身の身を守る自覚を持つこと、もっと言えば、自分の気持ちに気づくことが大切なのだと思います。
その意味では、このような「対象喪失」を経験した後の、私たちが実は常に体感している、心理的なプロセスを理解しておくことは、非常に重要と考えていますので、そのことについて、触れてみます。
モーニング(mourning):大切な人、大切なものを失った時の心のプロセス
度々触れましたが、何かを突然失った時には、衝撃や驚きの後、怒りや悲しみといった感情が、私たちに襲い掛かります。
これは、「対象喪失」の後に生じる「モーニング(mourning)」と呼ばれる情緒的体験です。即ち、「失った対象に対して、思いが募り、悲しみ、絶望、怒り、悔やみ、辛み、自責、償いなどの気持ちを再体験する心のプロセス」を言います。
そもそも「モーニング」という概念は、精神分析の祖であるフロイト(Freud, S.)に端を発しており、大切な人やものから離脱していく作業について「喪の仕事(mourning work)」と呼んでいます。
その後、地域精神衛生の研究者であるリンデマン(Lindemann, E)(1944)が、大切な人を失ったり、戦争で失くしたりした時の人々の離別反応について観察し、危機状況での悲嘆のプロセスについて分析し、悲哀作業を心理療法で扱うことが精神的な健康への予防的な働きかけであることを実証しています。
それから、精神分析学者のボウルビィ(Bowlby, J)(1961)は、「モーニング」のプロセスを4つの段階で説明しています。日本では、小此木(1979)が、この「モーニング」を、死別ならば「喪」、生き別れならば「悲哀」と分けて考えています。
モーニング(mourning)の4段階
「モーニング」は4つの段階があるということを知っておくことは、自分の心のプロセスが、大変な動きをするけれども通常であるのだということ認識出来る意味で、とても重要です。以下に、小此木(1979)を参考に、4段階について簡単に説明します(図‐4)。
【第1段階】 情緒的危機
一般的に数時間から1週間掛けて、無感覚の段階があります。その後に、急で強烈な情緒反応を起こしますが、あまりに強い衝撃を受け、興奮して、どうしてよいか訳が分からず、混乱状態に陥り、不安と無力感に苛まれます。時に自律神経系など身体的な反応も生じえます。
突然大切な人を失った時、別れを告げられた時、自分の誇りを完全否定された時、病気や障害を知った瞬間など、衝撃的な内容が直面した時です。
【第2段階】 「抗議」と「保持」の段階
数カ月~数年間と、掛かる時間は人によって異なりますが、失った対象への思いが強く残り続けており、失った事実を認めることが出来ない段階です。この心のメカニズムは、「否認」と言われるものです。
子どもが、親を亡くした場合には、分離不安を抱く一方で、いまだなお親は生きていると期待し、その存在を探し求め続けようとします。大人ならば、大切な人と生き別れした後で、その事実を受け止め切れず、何度も再会して話し合い、もとの関係を取り戻そうとします。
【第3段階】「絶望」と「抑うつ」の段階
失った対象が、もはや戻ってこないという事実を認めざるを得ない、「いる」と信じる気持ちを断念、諦める時期です。対象喪失に伴う「悲嘆」が、まざまざと生じて来る段階です。第2段階までの思いが届かず、望みが解かれていってしまい、絶望感や失意を抱くようになります。
目の前からいなくなってしまった、亡くなられた、恋人が完全に自分から離れていってしまったという現実から、自分にはどうにも出来なくなってしまい、完全な無気力に至ってしまいます。
【第4段階】「離脱」の段階
大切な対象が、心から離れていき、開放されていきます。失ったことを受け止め、立ち直り、自由な気持ちを抱いたり、新たな対象を見出していく段階です。
例えば、別の大切な人を見つける努力をしたり、別の憧れの存在の考えに影響を受けたりするなど、新しい対象との繋がりを求めていきます。
図-4 モーニング(mourning)の4段階
このモーニングのプロセスは、一方通行ではなく、行きつ戻りつしたり、各段階の気持ちが重なったり、ゆっくり進んだり、急に戻ったり、1つの段階に暫く留まったりします。
これらの感情の流れを理解しておくことは、自分の気持ちが、少しでも「あ、今こういう気持ちを辿っているんだな」と、客観的に受け止めるための一つの方法となりえるでしょう。
「あ、今の気持ちは、この段階なんだな」と思えることで、間を作ることができ、気持ちを落ち着かせることに繋がるでしょう。
大切な人・ものを失った時に、私たちが出来ること
もし、これから自分自身に、ショッキングな出来事が振りかかったら、そして、「離脱」の時期に差し掛かれず思い悩む時期が続いているようならば、その時に出来ることについて考えてみたいと思います。
もちろん、なかなかすぐに、衝撃を受けた時、怒りを覚えている時、悲しみを感じている時、絶望の淵に立たされた時は、精神的な余裕はありませんから、出来ることは本当に限られていると思います。難しいこと、大きなことは出来ません。即効的なこともありません。
ただ、一時的にでも、少しでも、ホッと出来ることがあるならば、自分自身のメンタルヘルスを維持する上でも、知っておく、実践することは大切なことだろうと感じます。
■ まず自分の気持ちを落ち着けることに集中すること
上記の4段階など、自分の気持ちが今、どんな気持ちなのかということを、一人でもいいですし、誰かと向き合いながら気づくでも良いですし、自分の気持ちを知ることは、どのように対応する上でも大切かと思います。喪のプロセスについて理解を深め、通常の反応であることを再確認することは安心に繋がるでしょう。
■ 安心出来る人形など、いない人の何か代わりになるものを持つこと
失った対象を物理的に取り戻す、心理的に引き寄せることは極めて難しいことです。その時、例えば、失った対象が大切にしていたもの、使っていたもの、その人のにおいが残っているもの、もらったものなど、私たち自身と失った対象との結びつきが強いものを、身に付けたり、ぎゅっと握りしめたり、抱きしめたりすることは、気休めかもしれませんが、心から失われていったものを、心の中に留めておき、安心する上での必要な方法だろうと思います。
また、引っ越しや職場や学校環境が異なった場合には、その時にもらったもの、使っていたもの、写真などを引き続き新たな環境でも常に手元に置いておくと良いと思います。
私は、亡くなった人からもらった手紙を大切に見返すなどしています。それによって、心の中に、宿り続けるような工夫をして、気持ちを穏やかにすることは可能だと思います。
■ 失ったのが「人」である場合、亡くなったことだけではなく、過去の想い出やその人の人となり、活躍したことについて話し合うこと
失ったことは大きな喪失感に襲われます。どうしても、失ったこと、ネガティブな部分に、気分的にも着目をし続けてしまいます。特に大切な人ならば尚更です。暫くは止むを得ません。ただ、失った人との様々な想い出話、失った対象の面白かったエピソードや人となりについて話し合うことは、気持ちを一時的にでも、ポジティブに、そして楽しい感覚に取り戻してくれるでしょう。ぜひ「失った現実」だけではなく、「共にした過去」を振り返る時間を設けてみて下さい。
■ 専門家への受診、相談をすること(話を聴いてもらうこと)
やはり失ったことの落胆や悲嘆を、自分自身で抱えきれない時、周囲の人に告げてスッキリしない時、どこか気分が優れない、眠れないとか食欲ない、その他症状が出ている時には、精神科医やカウンセラーなど、専門家に受診したり相談したりして、専門的な観点から、心身のリズムを整えるようにしてみて下さい。
【まとめ】
●『対象喪失(object loss)』とは、『私たちが、心から愛している、大切にしている、親しみを感じている対象を失う体験』である。主に、3つの喪失が挙げられている。
●ストレス値の研究が行われているが、ストレス値が最大のライフイベントは、「配偶者の死」である。「親族の死」や「友人の死」も大きなライフイベントであり、「離婚」や「子どもが家を出ること」などの別れも、大きなストレスと考えられている。「対象喪失」に伴う「心の喪失」は、大きなストレスを伴う。
●『モーニング(mourning)』とは、『失った対象に対して、思いが募り、悲しみ、絶望、怒り、悔やみ、辛み、自責、償いなどの気持ちを再体験する心のプロセス』を言う。
●モーニング(mourning)の4段階とは、①情緒的危機、②「抗議」・「保持」の段階、③「絶望」・「抑うつ」の段階、④「離脱」の段階で説明される。
●大切なこと、ものを失った時には、精神的な余裕もなくやれることは限られるが、メンタルヘルスの維持のために、「自分の気持ちを落ち着けることに集中する」、「失った対象の何か代わりになるものを持つ」、「失った対象との想い出を振り返ること」、「専門家への受診と相談」をすることが一案である。
今回は、急遽このテーマを入れさせていただきました。
気分がどんよりした方には申し訳ありませんが、全く別の楽しい、安心出来ることをしていただき、気分転換していただければと思います。
次回は、最終回である「インターネット依存について考えてみる:ネット依存とその対応⑦」について取り上げます。
これまで取り上げたテーマに基づいて言うならば、「不登校」に関わる方々も、「ネット依存」に悩む方々も、様々なストレスを抱える方々にも、多くの「喪失」と感じること・ものがあると思いますが、決して本人や家族だけで抱えることなく、言葉で、誰かに、表現するようにしながら、過ごして欲しいと思います。
コロナ感染の増加や酷暑が続く、不安の多い日々、少しでも不安を増やさないように、外に出していきましょう。
それでは、また次回まで!!
【引用・参考資料】
小此木啓吾 1979 対象喪失 中央公論新社
山本和郎 2004 コミュニティ心理学 東京大学出版会
夏目誠 2008 出来事のストレス評価 精神神経学雑誌 日本精神神経学会
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