こんにちは。所属精神科医のT.Sです。
今日は、未だに混乱が続いている「令和6年 能登半島地震」について、精神医学の観点からお話していきます。
(※この記事は1月下旬に執筆されています)
この度の地震により被災された皆様に、心からお見舞い申し上げます。
多くの大切なものを失われた方々の深い悲しみに、言葉では表現しきれない哀悼の意を捧げます。
皆様が一日も早く平穏な日常を取り戻せますよう、心からお祈り申し上げます。
前回の記事 を書いていた12月の段階では、まさかこんなに悲劇的な正月を迎えることになるとは、まったく想像できませんでした。
その地震の翌日には、航空機の衝突事故というショッキングな出来事もありました。
このような事態で、個々人が出来ることは限られているかもしれません。
しかしそんな中で、募金以外にも出来ることを自分なりに考え、震災が人々の精神に与える影響について、精神科医の観点から記事を書くこととしました。
今現在被災地で苦しんでいる方、大切な人を失ってしまった方、そして連日の報道で心を痛めている方。あらゆる方々の一助となれば幸いです。
2011年3月11日に起きた東日本大震災の際にも少なからず話題になったかと思いますが、今回は「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」について取り上げます。
ある推計によると、東日本大震災の生存者のうち、50~75%がPTSDの徴候や症状の一部、あるいは全部を体験したとのことです。
それほどに、震災と精神疾患はセットで捉え、油断なく対応する必要があるのです。
なお、弊社所属の安澤心理士によるコチラ↓の記事とも内容が重複しております。
大変分かりやすくまとまっておりますので、一度ご参照ください。
【学齢期の子どもの心理】【番外編】「ストレス反応とトラウマ反応(心的外傷)」について急遽取り上げてみる
急性ストレス障害(ASD)と 心的外傷後ストレス障害(PTSD)
日常生活の様々な出来事は、大なり小なり人間の精神状態に影響を及ぼします。
中でも、暴力的な事故や犯罪、自然災害、性的暴力といった、生命の危険に直結するような深刻な事態に巻き込まれたり、目撃するという経験をしてしまった場合、精神に与える影響は殊更に強くなります。
これらの圧倒的な出来事(心的外傷;トラウマ)を経験してすぐの段階で、記憶が失われたり、感情が麻痺したり、外傷的な出来事を突然再体験(フラッシュバック)する、などの症状が出現する場合があります。この状態に陥ってしまい、これらの苦痛によって日常生活、社会生活などに実際に障害が引き起こされている場合、急性ストレス障害(ASD)と診断されます。
そしてこれらの症状が1か月以上持続する場合、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の診断に至ります。
もちろん、診断基準はもっと細かく複雑ですが、ここでは詳しくは述べません。
能登半島地震が発生し、すでに1か月が経過していることも考慮し、今回は急性ストレス障害(ASD)ではなく心的外傷後ストレス障害(PTSD)に重きを置いて解説します。
PTSDは、誰にでも起こりうる
まず最初に、とても大切なことをお伝えしなければいけません。
それは、PTSDは誰にでも起こりうる、ということです。
一説によると、PTSDの生涯有病率は約8%と推定されています。これは、全人口の約8%が、一生のうちに一度はPTSDにかかっているということです。
しかし、診断されていないだけで、実際は診断基準を満たすだけの症状に苦しんでいる人々が、実はもっと沢山いるだろうとも指摘されています。
性別や社会経済的水準、他の精神疾患の有無などによって起こりやすさの差はあるものの、あらゆる世代の誰しもがPTSDに至る可能性があるのです。
そして、PTSDは通常、一定の時間が経過してから発症します。
このタイムラグは、1週間という短期間のときもあれば、数十年といった長期間にわたることもあるのです。
つまり、生命を脅かすような経験をした30年後、まるで時限爆弾のようにPTSDを発症するという可能性もあるわけです。
また、自然災害のような「一度きりの経験」ではなく、例えば毎日虐待を受けるなど繰り返しストレスに晒されることによっても、PTSDを発症する可能性があります。
さらに、直接自分が体験していなくても、他人に起こった出来事を直に目撃したり、身近な人に起こった心的外傷的出来事を耳にすることによっても、PTSDと診断される場合があります。
(なお、診断基準(DSM-5)によると、「テレビやSNSなどで繰り返しショッキングな映像を見た」だけではPTSDとは診断できません)
このように、「自分が直接体験していなければOK」「そのときに症状が出なければOK」と言い切れるものではない、ということには注意が必要です。
だからこそ、「PTSDと診断された自分はメンタルが弱い人間なんだ」と思う必要性はまったく無い、ということもここで強調しておきます。
PTSDは誰しもが経験しうるものであり、そこから適切に、早期に抜け出すためには、周囲のサポートや医学的な治療がとても有効なのです。
PTSDの症状
PTSDになってしまうと、どんな症状があらわれるのでしょうか。
安澤心理士によるこちらの記事にも分かりやすくまとめられておりますが、以下のようなものが挙げられます。
①心的外傷となった出来事の後に始まる侵入症状
苦痛な記憶や悪夢のほか、代表する侵入症状として、その出来事が再び起こっているかのように行動したり感じたりする「フラッシュバック」が挙げられます。ただし子供の場合、必ずしも苦痛として現れるわけではなく、その出来事を再演する遊びとして表現されることがあります。
また、心的外傷体験に関連する何かしらの刺激に触れた際の強烈な心理的・生理的なストレス反応も挙げられます。例えば大地震を経験した後、地鳴りを連想するような大きな低い音が聞こえるたびに強い不安にさいなまれたり、動悸や冷や汗が止まらなくなる、といった症状が考えられます。
なお、PTSDの診断基準を満たすには、最低でも1つ以上の侵入症状を認める必要があります。
②心的外傷に関連する刺激の回避
例えば津波の被害にあってから海辺に近づかなくなるなど、心的外傷に結び付くもの(人、場所、会話、行動、物、状況)を避ける、あるいは避けようとします。
③無意識的な過覚醒状態
睡眠障害、易怒性(怒りっぽさ)や攻撃性、無謀または自己破壊的な行動、集中力の低下、過剰な警戒心や驚愕反応などが挙げられます。
④認知と気分の陰性変化
周囲の何事にも興味や関心が持てなくなったり、恐怖や罪悪感といったネガティブな感情を抱いている時間が増えてしまいます。また、周囲からの孤立感を感じたり、引きこもってしまうといった変化が見られます。
また、心的外傷出来事についての記憶を思い出せなくなる(解離性健忘)場合もあります。
もちろん、診断をするのは医師の役目なので、皆さんが診断基準を覚える必要はありません。
しかし、トラウマになるような体験を経て、今現在このような症状にお困りの場合、まずは一度専門家に相談してみてもいいかもしれません。
また前述の通り、今は症状が無くても、心的外傷体験から時間が経ったのちに症状が表れる場合がありますので、注意して経過を見るのが良いでしょう。
PTSDになりやすい人がいる
ある調査によると、男女とも約半数、あるいはそれ以上の人々が、その人生において何らかの重大な心的外傷を体験しています。
しかし、先ほどお伝えしたように、PTSDの生涯有病率は約8%です。
つまり、圧倒的な心的外傷に直面したとしても、多くの人はPTSDにはならないということです。(ただし前述の通り、誰しもがその8%になる可能性を持っています)
けれども悲しいことに、PTSDになりやすい素因を持った人がいます。
ただし、これらの素因があると必ずPTSDになると言っているわけでもなく、同時に、これらの素因があることを侮蔑する意図はないことを、先に断っておきます。
あくまで、「このような状況にある人たちはPTSDになりやすい傾向があるから、他の人々に比べてより一層注意しましょう」という注意喚起であることをご理解ください。
「PTSDに罹患しやすい脆弱因子」として考えられているものの例を挙げてみます。
・小児期に心的外傷を経験している
・周囲の支援体制が不十分である
・性別が女性である(生涯有病率は、女性が10%、男性が4%)
・もともと別の内科疾患、精神疾患がある
・精神疾患の家族歴がある(例えば両親や兄弟、または子どもにうつ病の既往がある、など)
・最近、ストレスになるような生活上の変化があった
・過度の飲酒がみられる
・境界性、妄想性、依存性、反社会性パーソナリティ障害の特性を持っている
・年齢が幼い、あるいは高齢である(子どもは対処法が十分に身についておらず、逆に高齢者では対処法が凝り固まっていて柔軟ではないため、心的外傷による身体的・感情的障害に対応できない)
さらに、大災害の生存者が生き残ったことへの罪悪感を抱く場合があるように、「心的外傷体験やその後の結果を本人がどう捉えるか」というのも、PTSDへの罹患のしやすさに影響すると言われています。
もちろんこの中には、自身の努力ではどうにもできないこともたくさん含まれています。
しかし、だからと言って何も手を打たないと、PTSDになるリスクが高いままであるというのもまた事実です。
PTSDにならない、悪化させないために
ネガティブな情報ばかり聞いていても、気が滅入る一方ですよね。
PTSDにならない、あるいは悪化させないために出来ることはあるのでしょうか。
PTSDの患者では、およそ3分の2に少なくとも2つの並存疾患があると言われており、「PTSDに罹患しやすい脆弱因子」でも述べた通り、併存疾患があるとPTSDになるリスクが高くなってしまいます。
そこでまず、既に別の何らかの疾患を抱えているのであれば、その治療を疎かにしないことが重要なのは言うまでもありません。
また、周囲の支援がどれだけ得られるかは、PTSDの進展、重症度、罹病期間に影響します。
もちろん、避難所の設置や住環境の整備、水や食料の確保といった、行政、国に頼らざるを得ない支援も数多く存在します。しかし、個々人が自分で取り組めたり、周囲から働きかけることができるサポートもあります。
たとえば、同じ災害を体験して生き残った人が身近にいる場合、その体験を共有することで心的外傷の影響をより少なくできると考えられています。
そのため、自身の中にすべてを抱え込むのではなく、時には周りの人に頼り打ち明けることで、精神状態の改善に繋がるでしょう。もちろん、自分のペースで構いません。
そして周囲の方々は、無理に心的外傷について話させるのではなく、本人の気持ちを尊重しながら辛抱強く支援してあげてください。
そして最後に、PTSDと診断されたからといって全てを諦める必要はないことを、最後に声を大にして伝えておきます。
事実、PTSDの予後について、以下のように言われています。
・治療がなされない場合、40%は軽い症状、20%は中等度の症状が続き、10%は変わらないか悪化するものの、30%の患者は完全に回復する。
・治療がなされた場合、1年後には約50%の患者は回復する。
このように、適切な治療を受けることができれば、PTSDは必ずしも生涯付き合う病気ではなくなるケースが多いのです。
繰り返しにはなりますが、「PTSDと診断された自分はメンタルが弱い人間なんだ」と思う必要性はまったくありません。
データとしては治療無しに回復する人もいますが、やはり精神科医の立場からは、何か気になる症状があるのであれば一度でも受診しておくことをオススメします。
ですので、限界ギリギリまで抱え込んで耐えるのではなく、まずは気楽に受診してみてくださいね。
そして、テレビやSNSなどで震災関連のニュース、映像を見聞きし、強い不安に襲われている方も少なくないでしょう。
そんな方には、以前に私が掲載した↓の記事が参考になるかもしれませんので、ぜひご一読ください。
【メンタルヘルス】コロナ不安や困難に、“ニーバーの祈り” で打ち勝つ
改めまして、被災された皆様が、この困難な時期を乗り越え、新たな未来へと歩んでいけますように。
皆様の安全と健康を祈りつつ、心よりお見舞い申し上げます。
それでは、また次回のコラムでお会いしましょう。
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