こんにちは。所属精神科医のT.Sです。
2022年7月8日、奈良県奈良市にて街頭演説中であった安倍元首相が、銃で撃たれお亡くなりになりました。
日本の平和を脅かし民主主義を否定するこの蛮行、そして安倍元首相の訃報を受け、深い悲しみ、悔しさ、怒りを覚えています。
もちろん私だけではありません。
彼の死に驚き、別れを惜しみ、そしてこれまでの感謝を述べるメッセージは、テレビでも数多く取り上げられていますし、TwitterなどのSNSでもとどまる気配がありません。それも日本だけでなく、世界中から届いています。
安倍元首相といえば、アベノミクスで経済の立て直しを図り、諸外国との良好な関係構築のため奔走し、東京オリンピックを招致し、人類が初めて直面する新型コロナウイルスと戦い、日本のために尽力されてきたかけがえのない政治家でした。
また、潰瘍性大腸炎という難病を患っていたことも有名で、病気を抱えながら日々暮らしている人たちにとって、希望の星であったことも忘れてはいけません。
そのお人柄もあり、どこか “心の拠り所” とも言える存在でしたが、それがこのような形で失われてしまいました。
生命の価値に大も小もありませんが、これだけ世界中の多くの人から愛され、感謝されるというのは、やはり並大抵の人ではありません。
その過程で色々な問題が取り沙汰されることもありましたが、安倍元首相が国のために人生をかけたことは否定のしようがない事実です。
御遺族の方々には心よりお悔やみ申し上げますと共に、改めまして、安倍元首相のご冥福をお祈りいたします。
本日はもともと、全く違う内容の記事を掲載する予定でした。
しかしここのところ、あまりに暗いニュースが多すぎます。
戦争は終わりの兆しが見えず、コロナで大切な人たちを失い、7月7日に「遊☆戯☆王」の作者である高橋和希先生が亡くなられて衝撃を受けたのもつかの間、今回の凄惨な事件が起こってしまいました。
そんな絶望の中で、精神科医という立場から、どうしてもこのタイミングでお伝えしたいことがありましたので、急遽内容を差し替えることとしました。
読んでくださった皆様のメンタルヘルスを守る一助となれば幸いです。
まずは自分の心を守ってください
何よりもまず、自分の心を守ってください。
これまでの記事でも伝えていますが、この世界は他の誰でもなく、あなたのものです。
あなた自身がどう感じるか、考えるかによって、世界は決まってしまいます。
実態がどうであろうと、あなたが暗く曇った眼鏡をかけ続ける限り、世界は暗いままです。
まずは、あなた自身の心を健康に保つこと。そこから始めてください。
そのために、テレビやSNSなど、暗いニュースを垂れ流し続ける媒体から一度離れることも検討しましょう。
精神科治療の鉄則は、「ストレスの原因だと明らかに分かっているものがあるならば、まず一旦そこから距離を置く」です。
戦争や暴力を憎み、故人の死を悼む気持ちは、とても純粋で素晴らしいものです。
しかしだからといって、あなたが心を病んで良い理由にはなりません。
それが自分の心身に害を及ぼすものであれば、今は一度離れましょう。
抱えられるようになった時、初めて抱えればいいのです。
そしてこういった事件が起こると、「こんなに不幸な人たちがいるのに、私だけが楽しんで幸せになっても良いのだろうか」と考えてしまう人が必ず出てきます。
断言しますが、幸せになっても良いです。
むしろ、世界のためにも幸せになってください。
この世界は私たち個々人から成り立っているわけですから、個々人が幸せを感じていない世界に、幸せは訪れません。
世の中の不幸な事件は、あなたが幸せを諦め、自らも不安・不幸にならなければいけない理由にはなりません。
どうしようもない不安が押し寄せてしまう人は、以前の記事で紹介した “ニーバーの祈り” が力になってくれるかもしれません。
ニーバーの祈り
神よ
“変えることができないもの” に対しては
それをそのまま受け入れるだけの平静さを“変えることができるもの” に対しては
それを変えるだけの勇気をそして
“変えることができるもの” と “変えることができないもの” とを
見定める知恵をどうか我らに与えたまえ
暗い現実を目の当たりにしてネガティブな気持ちに襲われた時、「これは自分が負うべき不安・不幸なのか」という切り分けが重要です。
私たちには、戦争を直接止めることも、死者を蘇生することもできません。
しかし、故人の意思を継ぎ、誰もが平和に暮らせる世界を作るその一歩として、たとえば選挙に行くことはできます。
悲しみは悲しみとして受け取り、そのうえで今の自分に何が出来るかを考え、実行していきましょう。
報道陣の対応はいかがなものか
ここのところ、マスコミ・報道陣の対応は本当に目に余ります。
絶対に必要がない、それどころか傷つける結果になることは明らかなのに、故人の自宅に出向いてまで遺族に取材をする。
銃撃事件というトラウマになってもおかしくない出来事の直後に、その目撃者に対して、カメラの前でそれを根掘り葉掘り聞き出そうとする。
これらの行為は、報道のガイドラインを無視し、新たな精神疾患患者を生み出しうるほどの加害行為であるという意識が、欠如しているのではないでしょうか。
上島竜兵さんが亡くなられた際にも、厚生労働省から注意喚起が為されています。1度だけでなく、「再度の」注意喚起まで為されています。
報道する側はどういう認識なのか分かりませんが、被害者や遺族・事件の目撃者が、心に傷を負ってまで世間の目に晒されることを、私たち視聴者は一切求めていません。
その点、今回の奈良県立医科大学附属病院の会見において、病院サイドは病状やその経過のみ淡々と述べられており、遺族の様子などについては一切触れませんでした。故人、遺族に対して最大限の配慮が為された、素晴らしい会見だったと思います。
なお、真偽は不明ですが、同病院に対してクレームの電話が入っているとの情報もあります。
絶対にやめてください。
それが安倍元首相だったからというわけではなく、私たち医療関係者は救命のために常に全力を尽くしています。
そのような行為は、故人・遺族のために全くならないのはもちろん、医療関係者の努力を踏みにじるにとどまらず、クレーム対応により本来治療が必要な患者へのアクセスに支障が出る、大変危険なものです。
「犯人は精神障害者だったのではないか?」
精神科医として、絶対に触れておかなければいけないことがあります。
殺人などの残酷な事件が起こるたび、「犯人は精神障害者だったのではないか?」という憶測が必ず飛び交うことについてです。
最近はクローズアップされることも増えてきましたが、まだまだ多くの人にとって精神疾患は未知であり、ゆえに危険だと思われがちです。
が、果たして精神障害者は本当に危険な存在なのでしょうか。
このような議論の際によく引用されるのが、法務省が刊行している「犯罪白書」です。
※リンクは現時点で最新である2021年版
犯罪白書は、これまで約50年にわたって毎年発表されている、それぞれの時代における犯罪情勢と犯罪者処遇の実情についての報告書です。
そしてこの犯罪白書には、刊行された当初より継続して「精神障害者による犯罪」という項目が存在します。
(2021年度版だと第10章、225ページ〜)
これだけ聞くと、やはり精神障害者は特別に項目が設けられるほど危険な存在なのだ、と思ってしまうかもしれませんが、実は大いなる誤解です。
令和2年における刑法犯の検挙人員総数のうち、精神障害者等の比率は、たったの0.7%です。
しかもこの統計は、精神障害者に加え、警察によって「精神障害の疑いがある」と判断された数も含んでいるので、実際はもっと少ない可能性すらあるのです。
罪名別で見ると、放火および殺人において、精神障害者等の比率が高いことも報告されています。
ただしその被害者の多くは近親者であることから、それだけで社会的危険性が高いと断言することはできません。
もちろん、犯罪白書の定義や解釈にはまだまだ議論の余地はあることは事実です。
しかしこれまでの報告をまとめると、「精神障害のない人より精神障害者のほうが犯罪傾向が強い」ということは証明されておらず、むしろ犯罪率は低い可能性があるということです。
ですので、「精神障害者は残酷な犯罪を起こしやすい」という考えは、非常に無知で、短絡的で、侮辱的であることを理解しておく必要があります。
今後、「実は銃撃犯は精神科に通院していた!」という報道がされる可能性もありますが、ミスリードには十分お気をつけください。
たとえ通院していたとして、精神疾患が犯行に及ぼした影響は全く分かりませんし、そもそも治療対象であった疾患も不明です。単に眠れなくて睡眠薬を処方されていた可能性もあります。
人間は複雑で、限りなくグレーな存在である
安倍元首相の訃報を目にした時、私はちょうど好きなアーティストのライブ会場にいました。
ライブ中、「もし誰かが銃で虐殺を始めても、この爆音の中じゃ絶対に気づけないな…」と不安に思い、何度か後ろを振り返ったことを覚えています。
しかしそれと同時に、「犯人には、たとえば私にとっての音楽やライブのような、幸せを噛みしめる瞬間は無かったんだろうか」という考えも湧いてきました。
そしておそらく、あったんだろうと思います。
人間は複雑で、限りなくグレーな存在です。
この人は “白” だとか “黒” だとか、明確に切り分けることは絶対にできません。
どんなに心優しい人でも、他者の言動に苛立ったり、不安にさいなまれることはあります。不幸だと感じるときもあります。
同様に、どんなに凶悪な犯罪者でも、誰かから感謝され、誰かに感謝した瞬間があったはずです。幸せを感じた瞬間があったはずです。
「安倍元首相、元自衛隊員により銃撃される」というタイトルの記事も目にしましたが、元自衛隊員であったことでなにかの説明がつくのでしょうか。
それはあくまで彼の持つ一面であり、歴史であり、それ以上でも以下でもありませんよね。
むしろ、スティグマを生み出すことに繋がりかねない、危険な見出しと言えます。
あらゆる出来事が絡み合い、初めて一つの未来が確定します。
いつも原因と結果が1対1で対応してくれるわけではないし、白か黒かで分けられるものではないことは、必ず意識しておく必要があるでしょう。
それと同時に、仮に “白” を善い状態とするならば、自分は可能な限り“白”くあろうと、常に心がけることが重要です。
そのためにも、日頃から自分のメンタルヘルスに気をかけ、幸せを幸せとして受け取る準備をしておきましょう。
それは今のあなたにも出来ることです。そして私は引き続きこのコラムで、そのお手伝いをしていくつもりです。
この世界に幸せな人が増えれば、きっと、いや間違いなく、世界全体はより善いものになります。
あなたが、その一人目になりませんか?
それでは、また次回のコラムでお会いしましょう。
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