COLUMNコラム

【トラウマインフォームドケアという関わり】⑦実践するための4つのR(後編)

こんにちは、所属カウンセラーの古宇田です。

これまでの連載で「トラウマインフォームドケア(TIC)」について、お伝えしてきました。今回のコラムでシリーズの最終回となります。前回のコラムではTICが、トラウマを抱える人々への効果的な支援を目指し、理解(Realize)、認識(Recognize)、対応(Respond)、再トラウマ体験を防ぐ(Resist re-traumatization)という4つのRを基本に据えていることを紹介しました。これらの原則を活かし、トラウマの広範な影響を理解し、症状やサインを正しく認識すること、そして適切な対応を行い、再トラウマ化を避けることが大切であることが分かりました。トラウマという目に見えない体験への理解、そしてTICの実践を通じて、トラウマを抱える人に一貫した支援を提供することが期待されます。詳しくは前回のコラムをご参考ください。
【トラウマインフォームドケアという関わり】⑦実践するための4つのR(前編)

今回はトラウマのサインや症状に気付くために必要なこと、トラウマを抱える人への配慮、トラウマの三角形モデル、TIC実践の際の障壁などのテーマを【トラウマインフォームドケアという関わり】⑦実践するための4つのR(後編)としてお届けします。

【トラウマのサインや症状に気付くために必要なこと、そしてトラウマを抱える人への配慮】

トラウマのサインや症状を認識することは、TICの実践において最も基本的かつ重要なステップです。トラウマは、個々の経験によって異なる形で現れますが、一般的なサインや症状には以下のようなものがあります。

感情の不安定:怒りや悲しみ、不安などの感情が突然湧き上がり、コントロールが難しくなることがあります。
身体的な症状:頭痛、胃痛、疲労感など、ストレスに起因する身体的な症状が現れることがあります。
回避行動:トラウマを想起させる状況や場所、人々を避ける行動が見られることがあります。
過覚醒:常に警戒している状態が続き、過剰な反応を示すことがあります。
フラッシュバック:過去のトラウマ体験が突然再現されるような感覚に襲われることがあります。

これらのサインや症状に気付くためには、観察力と共感力が必要です。そしてトラウマを抱えた人と支援や関わる人との信頼関係の構築が重要であり、トラウマを抱える人が安心して自身の状態を表現できる環境を整えることが大切です。

具体的には、話す際の姿勢や表情、身体の動きなどを注意深く観察することで、特定の話題に触れたときに緊張したり、身体がこわばったりする場合、トラウマに関連するものがある可能性があります。また行動パターンや日常生活の変化という視点からも、以前は積極的に参加していた活動に消極的になったり、急に人との関わりを避けるようになった場合、何らかのストレスやトラウマの影響が考えられます。

日常の中でこうしたサインに気づこうと意識し続けることは難しい場合もあります。そこで、スクリーニングやアセスメントが大切になってきます。これは、トラウマやPTSDを早期に発見し、適切なケアを提供するために必要不可欠です。これにより、適切な支援を受けるための第一歩を踏み出すことができます。

精神科医療機関や児童相談所などの専門機関では、トラウマやPTSDに関する詳細なアセスメントが実施されています。こうした機関に繋がれなかった場合には、専門機関以外でも、トラウマに関する簡便なスクリーニングが必要と考えられています。その理由として、トラウマやPTSDの兆候を早期に発見することで適切なサポートを受ける機会を増やせること、そしてトラウマを抱えているというスティグマの軽減を図るため、一般的なトラウマの知識や疫学情報を提供することで、トラウマを抱える人の自己理解を深め、自責感やスティグマを軽減することに繋がるからです。トラウマがどのように人々に影響を与えるか、一般的な症状や反応についての情報を提供します。これにより、トラウマを抱える人が自分の反応を正常なものとして理解しやすくなります。

スクリーニングやアセスメントの初期段階では、詳細な感情の聴取は避け、安心して答えられるよう配慮します。過去のトラウマ歴やACE(Adverse Childhood Experiences)といった逆境的小児期体験の確認など、過去にどのようなトラウマを経験したかを大雑把に確認することも必要とされています。しかしスクリーニングの段階では、クライエントのトラウマ体験の詳細やその際の感情を深堀りしないことが重要とされています。これにより、トラウマを抱える人の再トラウマ化を防ぎます。

トラウマを抱える人々に対する配慮は、回復を支援するための基盤です。以下のポイントに留意することで、より適切な支援に繋げられると考えられています。

安全性の確保:物理的な安全だけでなく、心理的な安全も確保することが重要です。安心して話せる環境を提供し、信頼関係を築くことが大切です。
選択肢の提供:自分自身のペースで進めるように選択肢を提供し、自主性を尊重します。
トラウマの再現を避ける:過去のトラウマを再現させるような状況や質問を避け、慎重にアプローチします。
感情の表現を奨励する:感情を押し殺さずに表現できるようにサポートし、その感情を受け止める姿勢を示します。

トラウマは本人の責任ではなく、外部の出来事によるものであることを強調します。これにより、自分を責めることなく、サポートを受け入れやすくなります。またトラウマを経験することは珍しいことではないと伝え、多くの人が同様の経験をしていることを知らせます。これにより、本人が孤立感を感じず、支援を求めやすくなります。

TICでは、本人自身が、過去のトラウマの影響で、現在困難に陥っているということに気づくことが何よりも大切とされています。そのために、スクリーニングやアセスメントの結果を本人へフィードバックすることが不可欠です。これはトラウマを抱える人が子どもの場合でも例外ではありません。一体自分には何が起きているのかを正しく理解することが、回復への意欲を強化していくのです。

一方で、トラウマの影響により、恥の気持ちや安全感の欠如、自責感などのために、トラウマ歴を開示しない人もいるとされています。このため、スクリーニングの質問自体が、その人にとって苦痛を伴うかもしれないことを理解したうえで、実施する配慮が必要なのです。また、そうしたことに応じるかどうかの決定権は本人にあるということを丁寧に説明し、本人の積極的関与を促すことが大切でもあります。それでもスクリーニングに抵抗する人に対しては、「人に話したくないつらい出来事を体験した可能性があるかもしれない」ことを念頭にTICを提供することが大切と考えられています。

【トラウマの三角形モデル】

TICの実践では、「トラウマの三角形」と呼ばれるモデルを活用することを推奨しています。このモデルは、トラウマを抱えた人が過去に経験したトラウマや逆境体験が、現在の症状や問題行動の背後にあることを示します。さらに、これらの症状を引き起こす「リマインダー(トリガー)」の存在を明らかにします。

このプロセスでは、支援者とトラウマを抱えた本人がトラウマやACEについて共通の言葉で理解し合うことが大切です。こうすることで、自分の状態を正確に理解し、自分の感情や行動が適切であると認識するようになります。これにより、感情や行動をコントロールしやすくなり、支援者と協力して前進することが可能になると考えられています。

具体例として、あるクライエントが雷の音を聞くと不安を感じる場合、この「雷の音」というリマインダーが過去のトラウマ(雷とともに体験した恐ろしい出来事)を引き起こすトリガーになっていると考えられます。このクライエントと支援者は、雷の音がただの天候の現象であることを共に理解しつつも、それがクライエントにとってどのような意味を持つのかを共有します。そうすることで、クライエントは雷の音が鳴るたびに感じる不安が「正常な」反応であることを認識し、その不安を管理する方法を支援者と一緒に考えることができるようになります。

【TIC実践の際の障壁】

TICを導入する際には、さまざまな障壁があります。トラウマを抱える人、そして支援者側の障壁について見ていきましょう。

トラウマを抱える人の障壁
1. 自分の症状を過去のトラウマと結びつけていないため、痛みを適切に報告できない。
2. トラウマについて話すことをためらう。
3. 多くの否定的な体験を常態と捉え、トラウマとして認識していない。

支援者側の障壁
1. トラウマについて質問することに抵抗がある。
2. トラウマが健康に与える影響を過小評価している。
3. 目の前の症状を優先するべきだと考えている。
4. トラウマに対応するためのトレーニングが不足している。
5. トラウマ反応にどう対応すればよいか分からない。
6. トラウマに触れることでクライエントが動揺するのではないかと恐れている。
7. 十分な時間が取れない。

これらの障壁を一度に解決するのは難しいですが、TICを導入するためには、これらの障壁を認識し、一つずつ取り除く努力が必要です。

【最後に・・・】

TICは、支援現場で再トラウマ化(支援者が知らずにトラウマを抱える人を再び傷つけてしまうこと)を予防するために生まれた概念です。しかし、これはACEやトラウマを持たない人にも有用なため、すべての対人支援サービスに関わる人がTICの知識を身につけ、実践することが重要とされています。

トラウマは目に見えないため、本人自身も気づかずに深刻なトラウマを抱えていることがあります。TICでは、まずその人が心に大きな傷を負っている可能性があることを伝え、トラウマを抱えながら生きる辛さを理解しようとします。そして、トラウマやACEを持つ人が主体的に生きるために、トラウマの痛みを軽減するための知識とスキルの向上をサポートすることがトラウマインフォームドケアの目的なのです。

【参考資料:『トラウマインフォームドケア“問題行動”を捉えなおす援助の視点』著:野坂祐子・2019、『実践トラウマインフォームドケア』著:亀岡智美・2022】

【トラウマインフォームドケアという関わり】シリーズはこちらからご覧になれます。
【トラウマインフォームドケアという関わり】①環境要因によって形づくられる子どもの発達の質とは・・・
【トラウマインフォームドケアという関わり】②なぜ今の時代に必要とされているアプローチなのか
【トラウマインフォームドケアという関わり】③子どもの気になる行動の背景を理解するためのヒント
【トラウマインフォームドケアという関わり】④こころのケガになりうる出来事
【トラウマインフォームドケアという関わり】⑤子どものトラウマ反応について
【トラウマインフォームドケアという関わり】⑥トラウマインフォームドケアの原則
【トラウマインフォームドケアという関わり】⑦実践するための4つのR(前編)

社会生活の変革という過渡期での不安やストレスは、さまざまな形で表出されることがあります。また、被災地の皆さまにとっては日々変化を遂げる環境の中で、ご心配を抱えた状況の方がいらっしゃることと思います。心身の安全最優先でお過ごしいただければと願います。ポジティブな考えを持つきっかけとして、そして安心・安全な人との関わりを通して生きる力を養うサポートもカウンセリングの一側面とも考えています。子育てや子どもの抱える不安やストレスに関してのご相談もお受けしております。

Writing by古宇田エステバン英記


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