こんにちは!所属精神科医のT.Sです。
このコラムでは、
私が精神科医として患者さんと接する中で手に入れ、磨き上げてきた様々な武器
つまりは「幸せになるコツ」
を紹介しています。
9月の終わりに台風が立て続けにやってきたかと思えば、一気に秋の到来で涼しくなりました。
このような季節の変わり目には、外来でもメンタル不調に陥る患者さんが続出します。
みなさんもこの悪い流れに飲まれてしまわないよう、一緒にメンタルヘルスケアを頑張りましょうね!
さて、突然私事になってしまいますが、9月某日、めでたく入籍することができました!
私にとっては2回目の結婚。前回の反省を活かし、次こそは幸せな家庭を築くことを誓いました…
(ちなみに前回の離婚については、私が血反吐を吐きながら書いた「【メンタルヘルス】精神科医が “コロナ離婚” から学んだこと」という記事をご参照ください。)
さて、結婚となると遅かれ早かれ、色々と話し合ったり、意見をすり合わせたりすることが必要になってきますよね。
これまでに全く違う環境で育ってきたわけで、しかも男女という性差もあるわけですから、何の摩擦も生まれないわけがありません。
そしてその中でも特に重要なことの一つに、「お金」の問題があげられるでしょう。
家族として生きていくうえで、金銭感覚の違いは大きなストレスを生みます。それどころか、生活や家族の破綻に繋がる危険性もはらんでいます。
私達夫婦も現在、今後の貯金などを考えて家計の見直しを行っているところで、ファイナンシャルプランナーにもお金の相談をする予定です。
家庭の平穏のためにも経済的問題はなるべくクリアしておきたいものですが、ここで精神科医としてもう一つ取り上げてみたいのが、
お金とメンタルヘルスは、どのように関係しているのか?
ということです。本日はこの話題について触れてみます。
精神疾患の患者は経済的に苦しい人が多い?
まずはじめに、「精神疾患の患者さんは、経済的に苦しい人が多いのか?」という疑問について考えてみます。
結論から言うと、とても多いです。
少なくとも毎日多くの患者さんを診察している私の体感では、非常に多いと言えます。
あるいは、こういう表現のほうが近いかもしれません。
「やっぱり精神科の患者さんはお金に余裕がある人が結構いるなぁ…」と思ったことは、これまでにありません。
今までにいくつかの精神科病院を回ってきましたが、これはどこの病院でも共通しています。
もちろん、精神疾患にも、うつ病などの気分障害、自閉症スペクトラム障害(ASD)や注意欠陥多動性障害(ADHD)などの発達障害、知的障害、アルコール依存症…など色々ありますし、それらすべてを細かく分類して統計を取ったわけではありません。
が、おしなべると大体そんな印象を持つ、ということです。
しかし私の体感だけで話してもいけませんので、ここでは実際に世界で報告された統計をご紹介します。
例えば、“抑うつ” と貧困について。
抑うつ状態というのは、「気分が落ち込み、活動性が低下し、身体のさまざまな不調が出現している状態」を指します。
“うつ病” とまでは言えないけれど、ある程度の心のエネルギーが低下している状態で、このまま放置するとうつ病になりかねない状態、というイメージで良いかと思います。
なお、日本人の4人に1人が、 一生のうちで一度は抑うつ状態を経験するといわれています。
さて、アメリカで分析・世論調査などを行っている Gallup という会社のとある報告によると、貧困生活者の31%が、ある時点で抑うつと診断されているのに対し、貧困ではない者では15.8%であったとのことです。
そしてその抑うつは、失業、人生のストレス要因、そしてより多くの暴力を目撃しているため、と考えられています。
つまり、「お金持ちに比べて、お金に余裕のない人たちのほうが、より抑うつに陥りやすい」という結果であったことになります。
次に、精神疾患とは少し異なりますが、“主観的幸福(Subject Well-Being)” について。
インドやナイジェリアといった非常に貧しい国々の人々に、主観的幸福、つまり「自分自身のことをどれくらい幸福だと思うか」について尋ねたところ、より豊かな国々の人たちと比べて、主観的幸福を低く報告した、というデータがあります。
わかりやすく言うと、「お金持ちに、比べてお金に余裕のないたちのほうが、 “自分は幸せだ” と感じにくい」ということです。
このように、貧困と精神疾患、貧困と幸福には、ある程度しっかりとした相関関係が報告されています。
貧困から精神疾患、不幸に至るプロセスとは
それでは、どうしてお金に余裕が無いと抑うつになりやすかったり、幸せだと感じにくくなるのでしょうか。
少し考えてみれば、たしかに常にお金に余裕がなく、欲しい物も買えず、毎月の支払いに追われているような生活では、そうなるのも無理はない気がしますよね。
お金は住居、食事など、生活の基本的なところを支える重要な役割を持ちます。
つまりお金に余裕がないということは、基本的な生活を送る余裕が無い、という事態に直結してしまいます。
もう少し掘り下げてみると、稲葉昭英先生という方が興味深い報告をしていますので、そちらもご紹介しましょう。
『貧困・低所得とメンタルヘルス及びその世代的再生産』 という報告において、稲葉先生は「どうして貧困な人は抑うつになりやすいのか?」について考察されています。
詳細はご自身の目で読んでいただくのが良いかと思いますが、その中で取り上げられている欧米の先行研究↓も踏まえると、次のような貧困と抑うつのメカニズムが示唆されます。
(Edin, Kathryn and Rebecca J. Kissane. 2010. Poverty and the American Family: A Decade in Review. Journal of Marriage and Family, 72(3):460-479.
Fomby,Paula and Andrew J.Cherin , 2007. Family Instability and Child Well-being. American Sociological Review, 72: 182-204.)
①世帯の所得の低さが、子どもにとって可能な未来を制限してしまい、無力感を生み出すことで抑うつを強める。
②抑うつが強いほど成績が悪く、大学進学可能性が低いと子ども自身によっても認識されており、勉強時間も少ないという報告がある(ただし、抑うつすなわち成績が悪いと断定できるものではない)。
また、不安定な親夫婦の元において、子供は早期に家を出たり、学歴達成が低くなりがちなことが知られている。
③低い学歴達成の子どもは、将来的に所得の低い世帯を形成する可能性が高い…→①に戻る
このように、①→②→③→①→②→③→①…の繰り返しによって、貧困からの脱却がますます困難になっていくのです。
これらは “抑うつが世代的に再生産される” と表現され、世代を重ねるごとに、抑うつが生まれるメカニズムを繰り返していくということになります。
親の抑うつは、出身家庭(祖父母世代)の不安定性や経済状態と関連し、また現在の所得とも関連し、子どもの抑うつとも関連している。
抑うつが世代にわたって連鎖することで、貧困も同様に連鎖してしまうということになります。
これはつまり、どういうことなのでしょうか。
大切なことなので、もう少し分かりやすく言い換えてみます。
世帯の貧困が、直ちに子どもたちのメンタルヘルスを悪化させるわけではありません。
しかし、世帯の貧困が親の抑うつを引き起こし、それを通じて間接的に子どもたちの抑うつを強め、その結果さらなる貧困に陥らせてしまう可能性が高い、という説が報告されているのです。
精神疾患を治療するお金がない、というジレンマ
現在多くの医師や学者は、貧困になると精神疾患になりやすいだろうし、精神疾患になると貧困になりやすいだろう、という結論に至っています。
つまり、どちらが先かはわからず、双方向に影響しているだろうとしか言えないわけですが、これは上記の説に矛盾しませんね。
※もちろん、たとえば発達特性があるがゆえに常人にはできないような発想、大胆な行動が生まれ、それにより社会的に大成功するという例もあります。
また、抑うつの強い両親のもとで育ったけれど、自身は健全なメンタルヘルスを保持できた人もいます。
ですので、「精神疾患を抱えている人は必ず貧困である」「貧困な人は必ず精神疾患になる、不幸になる」と断言はできない、ということは覚えておいてください。
そして前述の説が正しければ、精神疾患(抑うつ等)を適切に治療できれば、経済的な負のループから脱出する糸口になる可能性がある、ということが言えるのではないでしょうか。
さて、ではでは精神疾患の治療を!という流れに乗っていきたいところですが、実はお金に余裕が無い方の場合、ここでも問題が生じてきます。
つまり、治療を続けるだけの経済的余裕が無いのです。
私たち医師は、「では休職しましょう」の一言と診断書で、患者さんの仕事を強制的にストップさせることができます。
たとえば重度のうつ病に至ってしまった場合、一旦仕事を休職してゆっくり治療する、ということが必要になってくるので、このドクターストップは至極当然のことと言えます。
病気のことだけを考えるなら、休職させてまずは一件落着、なのかもしれません。
しかし患者さんたちには、今まさに生活していかなければいけない、という現状があります。
経済的にそもそも余裕がない人が休職してしまうと、元から余裕のない収入が更に減ってしまいます。
それがたとえば一家の大黒柱で、まして子どもがいる家庭ともなると、途端に生活が立ち行かなくなってしまうのです。
もちろんここで、傷病手当や自立支援医療など社会福祉サービスの出番となるわけですが、全てを完全にカバーできるわけでもありませんし、患者さんの不安をすべて解消はできません。
このことから、「入院はちょっと…」「通院も無理かも…」と医療から遠ざかり、十分な治療を行えず更に病状が悪化してどうしようもなくなり…という負のループに至る例を、今までにたくさん見てきました。
そしてこのジレンマの答えは、未だに見つかっていません。
ただしせめてもの思いで、休職を勧めざるを得ない患者さんと接するとき、私は常に「この人が休職したら生活はどうなるのか?」という視点を忘れないように心がけているつもりです。
全てではないが、お金が解決できる精神的苦痛は多い
以上をまとめると、「経済的な貧しさは、心の余裕の無さ、ひいては精神疾患発症に影響するし、逆もまた然り」という、おそらく皆さんもぼんやりと予想できていただろうことが、一部の統計データでも示されたということになります。
つまり、精神疾患の適切な治療によって経済的困窮から脱出できる可能性が高まるのと同様、お金によって軽減できる精神的苦痛もたくさんありそうです。
(正直な話、「今この人に数百万円渡したら、通院しなくていいぐらい元気になるのでは…?」と思う患者さんも少なからずいます笑)
なので、健全なメンタルヘルスを保つためにも、お金についてはしっかり考えて見直し、できる限り余裕を持っておくことが重要です。
自分もあまり人のことを言えた口ではないですが…!笑
たとえ精神疾患の治療を受けたとしても、貧困という生活の基盤を揺るがす問題が存在し続ける以上、病状の回復を妨げる一因となると予想されます。
治療に並行して、(できる状態になったら、あるいはできる家族がいるなら)家計の見直しなどをすると良いでしょう。
もし、治療において経済的負担が心配ならば、精神科だと主にソーシャルワーカー(PSW)が福祉制度などの説明をしてくれますので、お気軽にご相談くださいね。
そして最後にもう一つ。
これまでのところ、「富や名声が主観的幸福を確実に増加させる」とは証明されていないようです。
お金持ちになったからといって絶対に幸せになれるわけではない、ということですね。トホホ…
とはいえ、このように人それぞれ幸せや不幸のファクターは違うわけですが、メンタルヘルスのためにも、有事に備えて守れるお金はしっかり守っておくことをオススメします。
それでは、また次回のコラムでお会いしましょう。
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