COLUMNコラム

【NEAR科学】②ストレスでエンジンがオーバーヒート!? ストレスに強い脳と心をつくるためにできること

こんにちは、所属カウンセラーの古宇田です。

2000年代初頭、「遺伝子は運命を決める」という従来の考え方に新たな光を当てる研究が登場しました。それが「エピジェネティクス」という分野です。この研究によって、遺伝子は単なる設計図ではなく、環境や経験によってその働きが調整され、変化することが明らかになってきました。特に、ストレスやトラウマが遺伝子の発現に影響を及ぼし、その影響が次世代にも受け継がれる可能性が示唆されています。これは、子どもたちの発達やメンタルヘルスを考える上で、極めて重要な意味を持つ発見です。

では、ストレスやトラウマはどのようにして遺伝子のスイッチをオン・オフし、子どもの成長に影響を与えるのでしょうか。この疑問に対する手がかりとなるのが、「オランダの飢餓の冬」研究をはじめとする世代を超えたトラウマの影響に関する研究です。第二次世界大戦中のオランダで起きた大規模な飢餓の経験が、その後の世代にまで健康や発達の影響を及ぼしたことが明らかになっています。こうした研究は、エピジェネティクスの分野の発展を大きく後押しし、子どもの発達やトラウマケアの分野にも重要な示唆を与えています。

本コラムでは、エピジェネティクスという視点を交えたNEAR科学が示す可能性を探り、それが私たちの日常にどのように活かせるのかを考えていきます。

さて前回のコラムでは、「NEAR科学」 について紹介しました。NEAR科学とは、脳科学(Neuroscience)、エピジェネティクス(Epigenetics)、小児期の逆境体験(ACE: Adverse Childhood Experiences)、レジリエンス(Resilience) の4つの視点を組み合わせ、ストレスやトラウマが脳や心にどのような影響を与えるのかを理解するためのアプローチです。

特に、「心と体の健康を守るために何ができるのか?」 という観点から、次の3つのポイントを意識することが重要であるとお伝えしました。
1. 安心できる場所を作る
2. 支え合える人間関係を持つ
3. 回復のための時間を確保する
このように、日々の生活の中で「自分を大切にする習慣」 を身につけることが、より健康で豊かな人生への第一歩となります。詳しくは、前回のコラムをご覧ください。

【NEAR科学】➀NEAR科学って何?『心と脳の仕組み』をひも解く新しい視点

今回は、NEAR科学の視点から、ストレスが脳と身体に及ぼす影響と回復メカニズムについて解説します。「緊張すると頭が真っ白になる」「忙しいと物忘れがひどくなる」――これも脳のエンジンがストレスに反応している証拠です。ストレスは短期間なら問題ありませんが、長期間続くと心身に悪影響を与えます。

【ストレスが脳に与える影響:脳の3つの重要なパーツとその役割】

私たちの脳は、ストレスを感じたときにそれに対処するための仕組みを持っています。しかし、強いストレスや長期間にわたるストレスは、脳の働きを大きく変化させる可能性があります。ここでは、ストレスに深く関係する脳の3つの主要な部分について説明し、それぞれの役割とストレスによる影響を解説します。

1. 扁桃体(脳の警報システム/エンジンのセンサー)
扁桃体は、脳の中で感情を司る重要な部分であり、特に危険を察知する役割を果たします。まるで「センサー」のように、外部の刺激を素早く察知し、「これは危険かもしれない!」と警報を鳴らす機能を持っています。

長期間のストレスにさらされると、扁桃体は過剰に反応するようになります。本来であれば「本当に危険なもの」に対してのみ反応するはずが、些細な刺激にも敏感に反応し、常に警戒モードになってしまいます。

例えば、大きな音や急な出来事に対して極端に驚きやすくなることがあります。些細な刺激にも「危険だ!」と判断しやすくなり、不安感が高まりやすくなります。また扁桃体が過敏になることで、ちょっとした出来事にも過剰に反応し、怒りっぽくなったり、怖がりやすくなったりすることがあります。

2. 前頭前野(理性のコントロール/エンジンのナビゲーション)
前頭前野は、冷静な判断を下したり、計画を立てたりする「理性の司令塔」のような部分です。感情のコントロールや問題解決能力にも関与しており、まるで「ナビゲーションシステム」のように、適切な行動を導く役割を果たします。

長期的なストレスは前頭前野の働きを低下させ、適切な判断が難しくなります。その結果、冷静に考えることができなくなり、感情的に反応してしまうことがあります。

例えば、ストレスが溜まっていると、本来なら落ち着いて対応できる場面でもパニックになったり、ちょっとしたことでも怒りが爆発しやすくなります。また前頭前野の働きが弱まると、計画を立てるのが難しくなり、物事を順序立てて進めるのが苦手になります。また、集中力が続かず、注意散漫になりやすくなります。

3. 海馬(記憶の管理/エンジンのメモリー)
海馬は、記憶を司る部分であり、情報を整理し、長期記憶として保存する役割を担っています。例えるなら「エンジンのメモリー」のようなもので、新しい情報を保存し、必要なときに取り出す働きをしています。

強いストレスを感じると、海馬の機能が低下し、新しい情報をうまく覚えられなくなります。例えば、テスト前や重要なプレゼンの直前など、プレッシャーがかかる場面では、直前に覚えたことが思い出せなくなることがあります。

ストレスが長期間続くと、海馬の神経細胞がダメージを受け、学習能力自体が低下することがあります。これにより、新しいスキルを習得するのが難しくなったり、情報を整理するのが苦手になったりします。また過去の出来事を正確に思い出すことが難しくなることもあります。特に、ストレスが強いと、嫌な記憶が過剰にフラッシュバックしたり、逆に一部の記憶が抜け落ちたりすることがあります。

【ストレスが身体と行動に及ぼす影響】

私たちは日々、仕事や人間関係、生活の中でさまざまなストレスにさらされています。「少し疲れたな」と感じることがあっても、「ストレスは気の持ちよう」と考え、無理をしてしまうことはないでしょうか。しかし、ストレスの影響は単なる気分の問題にとどまりません。実は、ストレスは脳だけでなく、私たちの身体や行動にも大きな影響を及ぼすのです。

例えば、仕事のプレッシャーが続くと、胃が痛くなったり、夜なかなか眠れなかったりすることがあります。また、強いストレスを感じると風邪をひきやすくなることもあります。これは、ストレスによって自律神経が乱れたり、免疫機能が低下したりするためです。さらに、ストレスが蓄積すると、イライラしやすくなったり、集中力が低下したりして、日常生活や人間関係にも影響を与えることがあります。

このように、ストレスが私たちの心身に及ぼす影響は無視できません。ストレスがどのように身体や行動に影響を与えるのか、具体的な例を交えながら詳しく見ていきます。自分自身のストレス反応を理解し、適切に対処するためのヒントを得るきっかけになれば幸いです。

1. 身体への影響
自律神経の乱れ:ストレスが長引くと交感神経が優位になり、慢性的な緊張状態に陥ります。仕事のプレッシャーが続くと、胃が痛くなったり、寝つきが悪くなることがあります。

免疫力の低下:ストレスホルモン「コルチゾール」の分泌が続くと、免疫機能が抑制され、風邪や感染症にかかりやすくなります。大事な試験やプレゼンテーションの直前に風邪をひくことがある。

睡眠障害:過度なストレスは脳を過剰に覚醒させ、不眠や浅い睡眠を引き起こします。夜中に何度も目が覚めたり、朝起きても疲れが取れない。

2. 行動への影響
感情のコントロールが難しくなる:前頭前野の働きが低下し、怒りっぽくなったり、焦燥感を感じやすくなります。仕事や育児で忙しいときに、些細なことでイライラする。

集中力や判断力の低下:脳の過剰な警戒モードが続くと、思考がまとまりにくくなります。試験前の緊張で普段は解ける問題が解けなくなる。

社会的な関係の変化:過度なストレス状態では、他者との関わりを避ける傾向が強まり、孤立しやすくなります。ストレスが溜まると人との会話が億劫になり、家にこもりがちになる。

【ストレスと脳のバランスを取り戻すために】

ストレスが長引くと、扁桃体・前頭前野・海馬のバランスが崩れ、心身の不調につながります。しかし、適切なストレス対策を行うことで、脳の働きを健全に保つことができます。今回は簡単にどのような対策が良いのかをお伝えし、次回詳しく深堀したいと思います。

①リラックスする時間を意識的に作る:深呼吸や瞑想を取り入れることで、副交感神経が優位になり、ストレスホルモン(コルチゾール)の分泌が抑えられます。これにより、扁桃体の過剰な反応が抑制され、過度な不安や恐怖を感じにくくなります。また、前頭前野の働きが向上し、感情のコントロールがしやすくなります。

②十分な睡眠を確保する:睡眠は脳の修復・再生に欠かせない時間であり、特に深い睡眠(ノンレム睡眠)は前頭前野と海馬の回復に重要です。睡眠中には、脳内の老廃物が除去され、神経細胞のつながり(シナプス)が整理・強化されるため、記憶力や意思決定力が向上します。睡眠不足が続くと、海馬が萎縮しやすくなり、ストレス耐性が低下するため、7〜8時間の質の高い睡眠を確保しましょう。

③適度な運動を取り入れる:ウォーキングやヨガなどの軽い運動は、ストレスホルモンの分泌を減らすだけでなく、脳由来神経栄養因子(BDNF)を増加させることで、海馬の神経細胞の成長を促します。これにより、記憶力や学習能力が向上し、ストレスへの耐性も高まります。また、運動をするとエンドルフィンやセロトニンといった幸福感をもたらすホルモンが分泌され、気分が安定しやすくなります。

④ポジティブな経験を増やす:楽しい会話をする、趣味の時間を作る、自然の中で過ごすなどのポジティブな経験は、脳内の報酬系(ドーパミン回路)を活性化し、ストレスによる負の影響を軽減します。また、オキシトシンというホルモンが分泌されることで、不安が和らぎ、人とのつながりを感じることで前頭前野の機能が向上します。こうした活動を意識的に取り入れることで、心が安定し、ストレスに対するレジリエンスが高まります。

このように、日常生活の中で適切なストレス対策を取り入れることで、脳の働きを健全に保ち、心身のバランスを整えることができます。次回は、ストレスから回復するために「安全」と「つながり」が不可欠であるというNEAR科学の視点に基づいて、脳がストレスから回復し、心身のバランスを取り戻すための具体的なアプローチについてお伝えしたいと思います。

過去の関連記事へのリンクとなります。
ACE:小児期の逆境体験についてはこちらからご覧になれます。
【小児期の逆境体験(ACE)とは・・・】将来の健康のために幼少期のトラウマを防ぐ支援

レジリエンスについてはこちらからご覧になれます。
【逆境にあってもめげることなく頑張れる力】ポジティブな気持ちを育むためにレジリエンスから学べることとは・・・

トラウマインフォームドケアについてはこちらからご覧になれます。
【トラウマインフォームドケアという関わり】①環境要因によって形づくられる子どもの発達の質とは・・・
【トラウマインフォームドケアという関わり】②なぜ今の時代に必要とされているアプローチなのか
【トラウマインフォームドケアという関わり】③子どもの気になる行動の背景を理解するためのヒント
【トラウマインフォームドケアという関わり】④こころのケガになりうる出来事
【トラウマインフォームドケアという関わり】⑤子どものトラウマ反応について
【トラウマインフォームドケアという関わり】⑥トラウマインフォームドケアの原則
【トラウマインフォームドケアという関わり】⑦実践するための4つのR(前編)
【トラウマインフォームドケアという関わり】⑧実践するための4つのR(後編)

【参考資料:『小児期の逆境体験と保護的体験』ジェニファー・ヘイズ=グルード他2名・2022 『子どもの「逆境」を救え』若林巴子・2024】

社会生活の変革という過渡期での不安やストレスは、さまざまな形で表出されることがあります。変化の多い状況の中で、不安を感じることもあるかと思いますが、少しでも安心して過ごせる時間が持てるよう願っております。ポジティブな考えを持つきっかけとして、そして安心・安全な人との関わりを通して生きる力を養うサポートもカウンセリングの一側面とも考えています。子育てやこどもの抱える不安やストレスに関してのご相談もお受けしております。

Writing by古宇田エステバン英記


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