COLUMNコラム

【子どもから大人までみられるこころの現象】「強迫」について考え続けてみる④

🔶はじめに🔶

こんにちは。カウンセラーの安澤です。

またまたコラムが遅くなってしまい、申し訳ありませんm(__)m
なかなかこの1ヶ月も要領悪く過ごしておりました。
強迫的な性格である私にとって、この要領の悪さは“宿命”なのだと感じています。

さて、学校は夏休みに入りました。
子どもたちには、「嬉しい」「変わらない」むしろ「宿題とか大変」など色々な気持ちが湧いていることと思います。
大人たちも梅雨明けして、酷暑の中、夏休み休暇を待ち構えていた方も多いのではないでしょうか。
今年はパリで夏季オリンピックが開催中であり、これから夏の甲子園もあります。
夏の風物詩が続きますね。
その意味では、楽しくも、辛くも、終始忙しい日々ではないでしょうか。
ぜひ充実した日々を送って欲しいです。

他方、寝不足になり、睡眠のリズム、そして生活リズムが乱れてしまうリスクもあります。
そして、国内・海外旅行される方も多いだろう中で、熱中症、手足口病、そして最強の感染力とまで言われている新型コロナウイルスKP3といった感染症、水難事故など、注意せねばならないことも多くあります。

自由な生活には、個々の責任が伴います。
けじめ、切り替え、規則を守ることが物を言います。
ぜひとも責任ある自由な生活をお送りくださいm(__)m

他方、子どもが責任を感じながら生活をするというのは非常に難しいです。
となると、大人、親、地域、社会の見守りが必要となります。代理責任です。
とはいえ、子どもたちだけで動くこともあるので、限界もあります。
耳から入る、目から入る、身体を張った大きな呼びかけで守っていかないといけませんね。

書きながらも自身が肝に銘じるところです。

また、6月3日に弊社より私が監修させていただいた「不登校・ひきこもり支援アドバイザー講座」が刊行され、ご購読されている方も増えていっていることを嬉しく思います。多くの方々に対応の一助、エッセンスをお伝え出来ていれば幸いです。今後とも宜しくお願い申し上げます。

【ご挨拶】生涯学習・ユーキャン「不登校・ひきこもり支援アドバイザー講座」デビュー

今回も序文の末となりますが、能登半島地震で被災され、今もなお避難生活を強いられている方、豪雨に伴う各地の土砂災害に遭われた方など、くらしが思うようにいかない方にお見舞い申し上げます。その方々にとって、この酷暑という“災害”は、辛苦極まりないことです。

こうやって書いていて、どうしても他人事的な表現になってしまう自身が心苦しいのですが、とにかく現実的なことを申し上げれば、こまめな水分補給、冷たいもので頭部やおでこや脇やリンパ腺付近を徹底的に冷やしていただいて、極力日陰での時間を過ごすに尽きるかなと思います。

それと、冷たいものをたくさんイメージしてみて下さいね。

クーラー、アイス、かき氷、氷水、ビール、ジュース、アイスコーヒー、そうめん、滝、水浴び、雪だるま、プール、海などなど…

他に色々書きたいものが浮かんだんですが、商標登録のあるもので…
こころの中で呟いております。。。

いずれにせよ、熱中症になったら遅いので、冷たいものを携帯していきたいですね。

 

さて、またまた出だしから長々となりましたが、今回も「大人から子どもまでみられるこころの現象」として、「強迫について考え続けてみる④」を取り上げます。

ちなみに、前回のコラムは下記からも御覧いただけます。
【子どもから大人までみられるこころの現象】「強迫」について考え続けてみる③(強迫観念③)

今回のテーマも引き続き「強迫観念のいろいろ」です。
やはり分かりやすいように、その都度「強迫観念」の説明を最初に入れておいた方が良いと思いましたので、最初に「強迫観念」の意味を再掲します。

強迫観念(Obsession)とは・・・③

成田(2002)によると、「何らかの思考、言葉、心的イメージが患者の意に反して、意識の中に侵入してくるもの」です。

自分自身の意に反して、繰り返し頭に浮かんでくる程度となると、かなり嫌で、不快な感覚になります。こういった繰り返される「強迫観念」によって生まれた不快さや苦痛、不安を取り除くために、後で述べる「強迫行為」を行うことも多いでしょう(絶対に強迫行為が伴うわけでもありません)。

自我違和的に(浮かんでくることがおかしいと自覚していても)、不合理な考えなどが度々浮かんでくる経験もあります。

「強迫観念」に似た「侵入思考」という概念に比べると、「強迫観念」は、頭に浮かんできたことが気になって放っておくことが出来ず、不快な気持ちに苛まれることが多いでしょう。

「強迫観念」の具体例なあれこれ・・・②

前回は、「強迫観念(Obsession)の具体的なあれこれ・・・」で、「強迫観念」の中から、「不潔恐怖」や「加害観念」、そして「数字恐怖(こだわり)」を取り上げました。

今回はそれ以外の強迫観念について簡単に取り上げていきたいと思います。

🔷確認恐怖

確認強迫として「強迫行為」として説明すると分かりやすいかもしれませんが、あくまで観念の部分を説明します。“過去”の行為、言動ついて「~してしまったのではないか」と繰り返し気になってしまう不安や恐怖です。

この確認恐怖は、結構多数の方が実感されたことがあるのではないでしょうか。
実際に私自身も感覚として得られるものではあるのですが、実際に行ったことについて、それが事実かどうかということではなく、「自身がその行ったことについて、しっかりと意識して行っていたかどうか」という内的な感覚が重要なのです。その感覚が薄かったり乏しかったりすると、不安が生じてきます。
私の強迫的な振る舞いの1つ目に挙げた「エアコンのスイッチ」を消したかどうか不安になるのもこの類です。

例えば、以下の例が挙げられます。
・外出時に戸締りをしたか、扉の鍵を締めたかどうかが不安になって自宅に戻る。
・ガスの元栓を締めたか、ガス爆発や火事が起きるのではないかと不安になる。
・テレビや部屋の電気を消したか、ガス光熱費を高く支払うことになるのではないか思ってしまう。
・重要書類やUSBメモリなどを金庫に入れたか、紛失していないかどうかが気になる。
・個人情報の資料を出しっぱなしにしてしまったのではないかと退室後にずっと考え続けてしまう。
・相手に発言した内容について、「まずいことを言ってなったかな」「違うことを言ってしまったのではないか」と思い続けてしまう。
・嫌な臭いが手や身体にこびりついてしまったのではないかと臭いが気になって仕方ない。

などなど挙げられます。実際にしっかりやっていたとしても、分かっていたとしても、自分自身の中でしていないという感覚で、何度も確認するという「確認強迫(強迫行為)」に及ぶことになります。今後、「強迫行為」でも取り上げますが、この「確認」については、自分で確認する場合もあれば、他者に依頼する場合もあり、「巻き込み型」の強迫とも呼ばれています。

ここで私自身の強迫的な振る舞いを挙げたいのですが、あまりにも「確認」については挙げるとキリが無いため、ここは割愛します。後ほど、違う形で出てくるとは思いますが…。

🔷宗教的信念、道徳観念に対する恐怖

これは、自身の中に、信仰する宗教や崇拝する神に対する冒瀆心や道徳的な規範に背反する心情があるのではないかという不安や恐怖心です。前回ご紹介した「加害概念」に含めて説明しても良いのですが、内容がやや異なるので、ここでは分けて説明しています。

例えば、以下の例が挙げられます。
・「宗教の教えとは異なる~なことを考えてしまった…教えに背いた裏切り者ではないか」と思い続けてしまう。
・「神に対して冒涜してしまった。もう神からのご加護はないのではないか」と何度も嘆き続ける
・「信仰心が薄いのではないか」と心配で仕方がない。
・「道徳に反してことをしてしまっているのではないか」と唱え、不安に陥り続ける

などが挙げられます。

数多くある私の強迫的な振る舞い2つ目で挙げた、強迫的儀式もこの要素が盛り込まれているかもしれません。私自身は無宗教ではありますが、お参りでの強迫的な儀式を全う出来ないと「心底からしっかりとお参りが出来ていないのではないか」、「お参りとか言っておいて、ただの口先だけではないのか」という不安を自問自答するに至ります。

🔷不完全恐怖(完璧主義的な観念)

様々なことを行うにあたり、自分の中で「ぴったりした感覚」が得られないと不安や恐怖心を抱いてしまうという考えやとらわれです。これは自分の中にある完璧な感覚です。どれだけ正確か(正確性)、どれだけ左右対称か(対称性)、どれだけ同じか(同一性)など、この「ぴったり感」が得られない限り、どうにも納得がいかなかったり、違和感があったり、ずっとそのことを考え続けたりしています。これはかなり幅広い内容を盛り込んでおり、他の強迫観念とリンクすることも多くあると思われます。

例えば、以下の例が挙げられます。

・読書をしていて、しっかりと確実に文章の1字1句を読めていないのではないか
・メールが毎日大量に来ているので、それを一つ一つ全て見なければならない
・洗濯物をきっちり丁寧にたためていないのではないか
・家具など、いつも置いているところに置かれていないと不安で仕方がない
・水道の蛇口を「キュッ」と締めていないのではないか(これは確認恐怖に入れても良いと思われるかもしれませんし、実際入れても差し支えないのですが、ここで大事なのは「キュッ」という感覚が同じか、前回完璧に締めたように絞められているのかという微妙なズレへの違和感が生じている点です。)
・扉を閉めた時の音がいつもと違う音なので納得がいかない
・靴が整って置かれていないのが気になる

などなどです。

そして、ここで数多くある私の強迫的な振る舞い4つ目と5つ目を取り上げます。

まず、4つ目として、「数字の筆跡」です。1~9の数字を書く時に、いつもと同じ数字のかたちを書けているか気になって仕方なく、数字を書いた後に、上書きしたり付け足したりしていき、私自身が納得感を得られるまで書いては消しての繰り返しです。

これも幼少期からありましたが、前回、「数字恐怖」で「4=死」や「9=苦」を挙げましたが、それとはまた異なる感覚です。ただ、ややリンクはしていて、「4」を書く時にはやや下向きに書きます(伝わりにくくて申し訳ありませんが)。一方、「5」や「6」や「7」は上向きに書くというスタイルです。そのイメージと、書いた時の感覚にぴったり感がないと、繰り返していました。納得がいかなくて書いているうちに、数字にひげがついたような字体になったり、「4」じゃないような字体になったりしていました。現在はほぼなくなっている観念です。

5つ目として、「歩行の軌跡」と言えば良いでしょうか。「足跡」だと表現として違うので、難しい言い方になってしまいますが…。その他の動作もありますが、ここでは「歩行」に限って申し上げます。

大体家でのみ、あるいは1人でいる時のみに生じますが、例えばトイレを出た後に歩いたり、寝床に向かって歩いたりしている時に、自分の中にある「歩くべき動線」「歩くべき位置」というのがあって、その部分に足が当てはまらないと納得がいかなくなる感覚です。

そのぴったり感を得られないと、繰り返し歩き直します。それが出来ないと、「この世の終わり」という感じになります。絶対に完璧に当てはめるのは難しいと分かっているのですが、あくまで自分の中の感覚で納得のいくまで続けることがあります。

今でも時々生じていて名残はありますが、生活には全く影響していないです。

この「歩行の軌跡」に類似したものとしては、手すりの思ったところを触れないと不安とか、腕の動作が思っていた動きにならなかったので違和感が残るとか、そういった不完全に対する不安がありました。

これらの感覚が、今現在弱まったのは、実際に完全には出来ないという感覚が強化されたことに加え、特に世界が滅亡することはなかったという事実、今生きている感覚、そして何より日々忙しくすると、そちらに気を取られて「それどころではない」という気持ちになっているからかもしれません。

よく周りから「働き過ぎ」と言われていますが、私自身の強迫心性の強さによる部分が大きいと感じています。しかしながら、こうやって自身のことを綴ってみると、過去のとらわれを回避するための私自身の無意識の防衛策が、ワークホリックな生活なのかもしれません。

なぜなら、色々なとらわれに対して、「それどころではない」とかき消せる実態を作ることが出来るからです。これも良い学びなのかもしれません。

「不安」を抱く時は、自身が内的な方向に向かっており、1人で考えている時間・空間であることが多いかもしれません。即ち、瞬間的であれ、継続的であれ、心の中で起きていることや過去の記憶に意識が向いている感覚が優勢なのだろうと思います。

だとするならば、その感覚を抱く時間と空間を減らすことが、強迫心性を過度にしない方法の一つになるのかもしれないと、自由連想したところです。

🔶おわりに🔶

今回は、「確認恐怖」、「宗教的信念、道徳観念に対する恐怖」、「不完全恐怖」という強迫的な観念を取り上げました。

ご自身の心当たりにある内容はあったでしょうか?
鍵を締めたかどうか不安になるとか、例えば台所の食器棚のお皿を置くところが決まっているとか、きっとご経験があるかもしれません。

こういう感覚があることが良いとか悪いとかではなく、こういう感覚に気づくことが大切なので、
ぜひ「気づき」を得ていただければと思います。

コラムというよりも、もはや自己満足の内容になっておりますが、引き続き「強迫」については述べていきたいと思いますので、ご了承くださいm(__)m

それでは、また次回に!!

🔶参考文献🔶

●岡崎祐士,青木省三,宮岡等(監) 2002 こころの科学104 強迫 日本評論社
●成田善弘 2002 強迫性障害 医学書院

🔶補遺🔶

今回も「補遺」あります。何かしら私自身の日頃の動きを、無駄に、意味もなく紹介しようというコーナーであり、一切ご一読の必要のない項目となります。

「補遺」を口実に、「備忘録」しているだけです。

前回も申し上げたように、地道なテーマが続くちょっとの間は、少し気分のリカバリーをするために扱いたいと勝手に考えています。

と言っても、ネタというネタが全くなく、何を伝えればいいのかという苦悩が押し寄せます。

どれだけ私的暇人なのか、それについて考え続けてしまいます。

とは言え、「補遺」を設けた以上、強引にでもネタを載せなければなりません。

なので、強引に取り上げます。

さて、この2か月間で5~6回ほどスパに行きました。

「ゆっくり寛いでるじゃん!」とか「お出かけしてるじゃん!」と思われるかもしれません。

確かにお出かけしました。短時間ですが、牛乳飲んで寛ぎました。

実は、このスパ、先日閉館しました。様々な事情があるのでしょう。思い入れは結構あった方なのだと思います。なおさら「そんなスパに何度も行けていいじゃん!」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが…。

このスパ、私の家から超ウルトラスーパーミラクルご近所(この表現で限界です)なのです。

開店して20年余。開館前は大反対派でした。

このスパを建設するために事前に建設に携わる方が、タオルを持ってご挨拶に来たのをよく覚えています。

開館後も反対派でしたが、大分前に亡くなった父親と開館後間もなくに初めて赴き、大浴場にて「浪人するから」と伝え、2浪が決定した場所でもあります。
その時の出来事が無ければ、浪人出来なかったので、少なからず今この記事も書いていないでしょうし、今の仕事にも就いていません。道半ばで諦めて、この職種でもなく、全然違うことをしていたのは間違いありません。

10年位前には、友人らと、真夏の炎天下でキャッチボールした後に行き、スパで友人が顔真っ赤っかになって熱射病で帰宅していったこともありました。

4年前には、22時頃に帰宅したら家が真っ暗。電気代もガス代の支払いミスで、自宅の風呂も入れず、どうしようと思っていた時に23時までやっているこのスパにお世話になりました。

そのくらいのエピソードしかありませんが、何しろ近い。
それに尽きます。そんなスパでした。

そんなスパに最後3日連続終了間際に行き、大浴場で浸かっていました。
特に感慨深くもありません。ただ浸かっていただけです。                       知人にも2夜連続遭遇しました。ただ会っただけです。

そして、残り2日のところで脱衣場のエアコンの故障により、酷暑の中での着替え。
たまったものではないほどの蒸し暑さでした。
閉館に伴いなのか、牛乳も当然販売されておらず、「スパに来た」という感覚は余り感じられませんでした。

最後まで何とも何とも言えないスパでした。

ひとまず、スパさん、スパに携わるみなさん、大変大変お疲れさまでしたm(__)m

次に建設されるのは何なのか…。

次にこの「補遺」で果たして取り上げるネタがあるのか…。

ひとまず、徒然なるままに、ご一読、ありがとうございましたm(__)m

🔶お知らせ🔶

親子関係の問題、お子様とのかかわり方、育児、DVのほか、発達段階(幼児期、児童期、思春期、青年期、壮年期)、発達面の課題、非行、ひきこもり、ストレス・不安・躁うつ・強迫・依存など様々な精神症状に関すること、自己理解、対人スキルといった個人や関係性に関わる内容、不登校、いじめ、特別支援、高校への進路支援など学校と関連する内容など、様々なご相談に対応させていただきます。

昨今、ポスト・コロナの時期において、閉鎖的な風潮が今だ続いている中、お1人に悩まれ続け、辛い思いをされている方も多くおられると思いますが、1人で抱え込まず、誰かに吐きだして、少し軽くなったり、気持ちに余裕が生まれたりしていくことも時には必要かもしれません。

人それぞれ必ずご自身で考える力は備えられています。しかし、精神的に余裕がない時には、その力を発揮することが難しくなります。ちょっとだけ、ゆっくり、じっくり、のんびりと、呟いたり、ご自身と見つめ合ったり、共有したりすると、ほっこりと、リラックス出来て、ご自身の感じる力や考える力が身についてくれれば何よりです。

何か思うところがありましたら、いつでもご相談をお受け致します。

🔶「強迫」について考え続けてみるシリーズ🔶

【子どもから大人までみられるこころの現象】「強迫」について考え続けてみる①(「強迫」とは・・・)

【子どもから大人までみられるこころの現象】「強迫」について考え続けてみる②(強迫観念①)

【子どもから大人までみられるこころの現象】「強迫」について考え続けてみる③(強迫観念②)

🔶過去の記事🔶

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過去の【学齢期の子どもと心理】コラム by 安澤 好秀

Writing by 安澤 好秀


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